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はかりとものさしの歴史から 100年前のベトナム社会の構造を明らかにする

文学部 コミュニケーション文化学科

関本 紀子 専任講師

2022/11/07

歴史学は、過去への想像力を働かせる学問だから面白い

――研究分野について教えてください。

歴史、地域研究が研究分野です。特に、1884年から1945年の植民地期におけるベトナム社会経済史が対象です。大学の歴史学は、高校までの暗記中心の勉強とは大きく異なります。歴史の研究とは、過去の出来事について史料をひも解き、客観的、論理的、多面的に検証して「真実は何か」を明らかにしていく学問です。具体的には、仮説に基づき主に文字史料から、誰もが納得できる根拠や理論に基づいて結論を導き出します。仮説―実証―結論というこの過程は、他者の再検証にも耐えうるものでなければなりません。そのため、文字史料の信ぴょう性や確実性を調べるために、地理的な背景や社会情報など関連する地域研究や調査を組み合わせていきます。

その地域の様子や人々の特徴を肌で感じることも大切な研究の一環ですから、学生にも現場体験の重要性を伝えています。私も長期に渡りベトナムで生活し、調査先で現地の方の話を聞いたり、ベトナムの大学において研究者との意見交換なども行ったりしながら研究を進めています。このように多角的に検証し、史料の解釈も含めて多様な可能性を提示することが、歴史事象の再構築や再構成につながり、その地域社会の本質を明らかにすることにつながります。

――具体的にどのようなことを研究されているのでしょうか。

植民地期ベトナムの度量衡制度とその運用について研究しています。度量衡というのは、長さ・容積・重さの単位と、それらをはかるものさし・升・はかりなどの計量器のこと。稲作が盛んだったベトナム北部では、仲介業者を介さず生産者と消費者が直接、取り引きしていました。言い換えれば、村落内において顔見知りの関係の中でそうした売買が行われていると言え、疑似家族間のやり取りといっても過言ではありません。そんな関係性の中で、売る側も買う側も各々自分の計量器を持ち寄り、計り合いながら交渉するというやり取りがあちこちで行われていたようです。つまり、「計量」が村落内の円滑なコミュニケーションに一役買っていたことが研究を通じて見えてきました。
また、国を統治する上で度量衡の統一は重要課題なのですが、フランスの植民地期でも統一は実現しませんでした。その理由や背景をていねいに分析することで、それぞれの地域の特徴や生活者のすみ分け、植民地政権の権力の浸透、地方行政の統治の実態など、村落レベルから国家レベルまでさまざまなことを明らかできるのです。度量衡研究は社会経済史の基礎でもあり、時期や地域によって異なる度量衡制度を用いていたフランス植民地期のベトナム社会を知る手がかりになります。

ベトナムに魅せられ研究者の道へ。人間・社会とはなにか、という根源的な問いに触れる魅力

――なぜ、ベトナム研究の道に進むことになったのでしょうか。

ベトナムに関心を持ったのは、高校時代、ベトナムに単身赴任していた父の元へ遊びに行ったことがきっかけです。そこからベトナムに魅せられ、大学時代は首都ハノイに語学留学したり、現代ベトナムの交通と経済の関連性をテーマに卒業論文を書いたりという形で関わってきました。

昔から暗記する勉強よりも、考えたり調べたりすることの方が好きで自由研究が得意でした。調べたいことについて資料を探すことに夢中になり、その資料がまた別の側面を明らかにすることに使えるかもしれない、あるいは、こちらのテーマの検証に使ったらどうだろうなどと考え始めると、時間を忘れてしまうこともよくありました。一つのことが次々と別の世界につながっていくところに面白さがあるんです。ベトナムについても同じように、大学時代の研究がきっかけとなって関心が広がり、もっと本格的に研究したいと大学院へ進学しました。大学院で研究を深める中で関心を持ったフランス植民地期の社会経済史、物価史研究が、今の研究テーマである度量衡へとつながっていきました。

――現在の研究の魅力を教えてください。

フランス植民地期という過去の歴史が研究対象なのですが、並行して、ベトナムで現在も使われている旧式の計量器や単位名などについての現地調査も行っています。現在の視点で行う調査から過去の事象へのヒントが得られたり、逆に 過去の視点から現在の事象がより深く理解できたりするケースもあります。時空間を自由に行ったり来たりしながら研究に取り組めるところが大きな魅力です。

さらに、研究を進める中で一般的な考え方と異なる事例に出会った時、そこを切り口にベトナム社会の独自性を読み解くことができる場合があります。例えば、昔からの計量器は、都市部から先に姿を消し、農村部や地方では受け継がれていくイメージが一般的ですが、北部ベトナムでは逆の現象が起きています。首都ハノイの行商人は今でも昔ながらの計量器を使い、地方ではもう使っていないのが実情なのです。その背景には、それぞれの地域に合ったベトナム人の時間の使い方や働き方、生活様式が大きく関わっています。そういった事例に出会うと、人間とはなにか、社会とはなにといった根源的な問いを意識するのですが、そのような問いに触れられることも魅力の一つです。

――今後、どのように研究を進めていく予定ですか。

もともとは米に関わる計量単位を調べていたのですが、植民地政権の専売商品だった塩やアヘンの計量単位にも研究対象を広げ始めています。対象を広げることで、それぞれで得られた研究成果が他方の研究で明らかになったことの傍証にもなり、より深く、実証的に植民地統治のあり方やベトナムの社会構造を明らかにできると考えています。

大学だからこそ学べるリベラルアーツと実学の両輪で、豊かな人生を

――学生たちの教育で大切にしていることを教えてください。

授業では、ベトナムだけでなく東南アジア全般の歴史や日本とのつながりを意識して取り上げています。それは、多文化共生時代の中で、他国への関心や理解を深め、コミュニケーションに役立ててほしいからです。私も経験がありますが、道端で出会った外国人が怒った顔つきで、あるいは大きな声で話しかけてきた時、相手の国民性や言葉を知らないと怯んでしまいますよね。でも、表情や態度とは裏腹に、親切心で話しかけてきてくれている場合もあるのです。

相手を理解することは、異文化コミュニケーションの基本。学生たちには、いろいろな可能性を考えながら情報をキャッチする力や、柔軟な対応力を身に付けてもらいたいと考えています。ベトナムや東南アジアをきっかけにほかの国も知りたいという意欲が生まれると、学生自身の世界が豊かに広がっていくと思います。

――受験生へのメッセージをお願いします。

大学での学びには、専門的な知識やスキルなど、すぐに社会で役立つ実学もあれば、リベラルアーツのように、後の人生のどこかで支えになるようなものもあります。受験生の皆さんに知ってほしいのは、分かりやすい学びだけが大切なのではない、ということ。一見、何に役立つか分かりにくい学問も、人生の滋養につながる学びです。重要なのは、急激に価値観が変わる現代において豊かな人生を送るために、どちらの学びもしっかり身に付けておくことです。特に、大学には、このような学びにじっくり取り組めるぜいたくな時間と環境があります。もし、「どうして勉強するんだろう?」という疑問を感じたら、一度、このことを思い出してください。

私が大学生の頃、授業に身が入らない時期もありました。今考えるともったいないことをしたと思います。大学の教員はその道の専門家ばかりです。大学では教員の豊富な知識や経験を直接聞いたり、疑問があれば気軽に質問したり、議論したりすることもできます。書籍などの一方通行の学びとは大きく異なり、こうした「やり取り」が、大学での豊かさだと思います。物事は、見方を変えるだけで新しい世界に通じていきます。一人でも多くの高校生の皆さんに、大学で学ぶ意義を感じてもらえるとうれしいです。