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沖縄問題、ジェンダーをめぐる不正義や不公平の解消に 「ポジショナリティ」という概念を通じて挑む

社会情報学部 社会情報学科 社会生活情報学専攻

池田 緑 准教授

2022/12/05

「他者」との出会いで研究が派生し、新たなテーマへの挑戦が始まる

――研究内容を教えてください。

社会学、ジェンダー、ポジショナリティ、ポストコロニアリズム(植民地主義)の研究を行っています。米軍基地問題を中心とした日本と沖縄の関係、ジェンダーなどについて、ポストコロニアリズム論を用いた権力分析を行い、ポジショナリティという考え方を通じて再構成する研究です。
社会学は、社会生活の中での人間同士の関係のあり方や、社会の仕組みそのものを探る学問です。ある一つの現象も、人によって経験や見え方は変わります。社会学の研究は、社会をさまざまな角度から捉えることで、人々の多様性を認め、多様な人々が生きやすい社会を模索することにもつながっています。

――現在の研究「ポジショナリティ」には、どのような経緯で取り組むようになりましたか。

研究テーマとの出会いは、「他者」との出会いでもありました。大学院生だった頃、日本と沖縄の関係、特に沖縄への米軍基地の集中に関する社会学的分析をしていました。研究のために何度も沖縄を訪れ、現地で親しくなった人たちもたくさんいます。しかし、基地の話題になると、沖縄で生まれ育った現地の人たちは一様に険しい表情になり、時には私に対して厳しい言葉を投げかけてくることがありました。基地を沖縄に置く決定をしたのは私ではないですし、私自身は、基地が沖縄にあることに反対していたので、彼らの反応や批判を理不尽に感じていました。そして、基地の話題から離れると、彼らはまたフレンドリーな態度に戻るのです。
この経験を重ねるうちに、彼らが批判しているのは私個人ではなく、私が属している“本土”の日本人という集団が沖縄の現地の人たちを差別している状況が変わらないことだ、と気づいたのです。友人関係の間柄でも、“本土”の日本人か沖縄の現地の人かということで越えられない深い溝があります。絶対的な「他者」の存在を意識した時、いったいこの違いはどのようにつくられるのか、と疑問を抱いたことが研究のきっかけになりました。
ジェンダーに関する研究を始めたのも、「他者」、学生との出会いがきっかけです。20年ほど前に大妻女子大学で授業を行った頃は、学生たちの考え方は今と大きく異なり、私の授業を受けていた100人以上もの学生の多くは、将来、専業主婦として家庭に入りたいと考えていました。このような考えを持つ女性たちに出会う機会はそれまでほとんどなかったため、まずは私自身が彼女たちを理解する必要があると思い、ジェンダーについて学び始めました。そして、学生たちが家庭に入ろうと、仕事を持とうと、国際社会学やグローバリゼーションなどを学ぶ意義を伝えることが大切だと感じ、授業を行う前に学生たちと共通認識を持つ手法を探るようになりました。
ジェンダーを学ぶうちに、性差で起こる問題が、沖縄と“本土”の日本人の間にある問題構造と似通っていることに気づき、その構造を解き明かすためにポジショナリティについて深く考えていくようになっていったのです。

社会の中で無意識下に存在する差別や不平等に着目し、核となる概念を捉える

――具体的な研究テーマを教えてください。

今は大きく三つのテーマに関連するポジショナリティに着目して研究を進めています。
まず、ポジショナリティという考え方についてですが、直訳すると「位置性」という意味になります。どのようなことかというと、人が帰属する社会的集団や社会的属性によって生まれる利害がもたらす位置性を指しています。ここでいう社会的集団や属性というのは、例えば男性と女性、年齢や親子関係、日本人と韓国人などになります。
具体的なテーマに沿って話していきましょう。
一つめのテーマは、日本と沖縄の関係についての権力分析からポジショナリティの概念を構築すること。沖縄の米軍基地反対運動を研究する中で、沖縄生まれの人と“本土”の日本人の間に、埋めがたい決定的な溝があることが分かってきました。「米軍基地反対!」と熱心に活動する“本土”の日本人は、基地を“本土”に移設することにも反対します。“本土”だから基地は受け入れなくていい、というあらかじめ存在している社会的利益を受ける立場にいるからです。沖縄の現地の人から見ると、それは“本土”の日本人という集団で沖縄を差別していることに等しい。ここに“本土”の日本人と沖縄の現地の人のポジショナリティの問題が顕在化してきます。
二つめのテーマであるジェンダーの領域でも同様の事態が起こっています。例えば、夜道を歩いている女性は、後ろから男性の足音が近づいてくると、少なからず恐怖心を抱くのではないでしょうか。その原因は、過去に実際、怖い思いをしたかどうかではありません。そもそも、男性の女性への性的攻撃を暗黙裡に想定している社会構造があり、女性という個人では選べない社会的位置にいることによって恐怖心が引き起こされているのです。これが、個人の意思や選択とは関係のない、集団に帰属することによって存在する損害につながっています。
この二つのテーマを通じて、ポジショナリティを検討する意義と方法を、日本と沖縄、ジェンダーをもとに一般化し、より多くの権力関係や差別関係を分析して練り上げる、という三つめのテーマに取り組んでいます。

――研究の魅力を教えてください。

私がポジショナリティを研究する目的は、同じような思想や理想を共有しながらも、社会的集団や属性によって利害関係や不平等、差別、齟齬や対立などがもたらされる環境を変えることです。ポジショナリティを考える以前は、これらの力関係がなぜ起こるのか不思議でした。しかし、ポジショナリティを考えることで、こんがらがっていた事象を別の角度から理解、把握することができるようになったのです。この瞬間の知的興奮は大きく、研究の魅力だといえます。

当たり前と思っていることに「疑い」を持つことで、視野や価値観を広げてほしい

――学生たちの教育で大切にしていることを教えてください。

当たり前と思っていることに「疑い」を持つよう、伝えています。社会学は、世の中の常識や規範を疑うところからスタートします。この「疑い」がなければ、社会学の研究は成り立ちません。そして、そのような「疑い」を自分自身にも向ける必要があります。多くの学生は、日本社会で日本人として生活すること、女性であることを疑っていません。しかし、自分が感じる当たり前と、他者が感じる当たり前は異なっていて、そのことに気づき、その背景を知ろうとしていくことで、視野や価値観が広がっていきます。授業を通じてこのような経験を積んでいってほしいと考えています。

――今後の研究でどのようなことを目指しますか。

ポジショナリティについての日韓比較を予定しています。国際比較調査は行われたことがないようなので、得られる結果が非常に興味深いです。
思想や価値観、信条の異なる人たちとポジショナリティをめぐる議論が可能なのか、その条件を探ることも次の課題です。例えば、伝統的なマイノリティ文化を守ることに価値をおく人々と、女性解放を求める人々の間で、しばしば対立が起こります。ときに伝統的な文化の中に女性蔑視的な側面が存在することもあるからです。伝統的な文化の保護と女性の人権、どちらも重要な価値と言えるでしょう。しかし、それが対立した時や、優先順位をめぐって対立している人々の間で、どのような対話や議論が可能なのか、ポジショナリティという視点から検討したいと考えています。
さまざまな領域において、ポジショナリティの顕在化を阻害している原因を追究し、現実の不正義や不公平を変革へと導くプロセスを論理的に検討していきたいと考えています。