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日本語学は、人間研究。ちょっとヘンな「逸脱文」の中に人間の創造性を見出す

文学部 日本文学科

天野 みどり 教授

2021/10/01

文法から外れているのに、母語話者には意味が理解できる「逸脱文」

――研究分野について教えてください。

専門は日本語学で、中でも文法論を中心に研究しています。
文法論を学ぶとき、日本語を「正しいか、正しくないか」「美しいか、美しくないか」で捉えようとする学生が多いのですが、それは誤った考え方です。日本語は多様であり、一つの正しい日本語が存在するわけではありません。 文法論は、実際に使われている日本語を観察し、そこに潜む規則性や仕組みを自ら発見していく学問です。

――現在取り組んでいる研究テーマはどのようなものですか?

長年、研究しているのが「逸脱文」です。逸脱文とは、文法規範から外れた、少しヘンなところがある文のこと。私たちの日常会話には逸脱文が数多く登場します。そればかりか、一流の作家が書いた小説や新聞記事にさえ、逸脱文は多々あるのです。
たとえば、「さっきまで雨が降っていたのが、今は日が差している」。
この文の意味は理解できますね。ただ、規範的な文法どおりの文ではありません。「のが」の「が」は、格助詞といい、主格を表す言葉です。この文にはこの格助詞「が」に対応する述語がありません。それに、「日が」の「が」も主格を表す格助詞ですが、日本語の場合、一つの文の中に主格は一つだけのはずなのです。
これを規範的な文法どおりに変換するなら、「さっきまで雨が降っていたのが、今はやんでいる」でしょうか。そう言われて、先ほどの文をあらためて見直してみると、なんだか違和感がありませんか?これが逸脱文です。
逸脱文は、文法的にはおかしいのですが、不思議なことに、日本語を母語とする人(母語話者)には文の意味が理解できてしまうのですね。なぜ母語話者は逸脱文を意味理解できるのか。それが私の研究テーマです。
逸脱文を意味理解する際、人は鋳型となる構文から意味を類推しています。つまり「ちょっとヘンな文だけど、あの構文に似ているからこういう意味だろう」と、瞬時に判断しているのです。類推は人間のもつ優れた力です。逸脱文に光を当てることによって、人々が普段からとても自由に言葉を作り出したり、柔軟に意味理解したりしているという、人間の創造性が浮かび上がります。

逸脱文に見る、日本語の多様性。言葉は生きている!

――具体的な研究の手法を教えてください。

小説、雑誌、新聞などの記事、もしくはテレビ番組や日常会話などの音声を文字に起こしたものなど、あらゆる日本語資料が研究対象となります。その中でも「少しヘンだな」と思う文は、具体的な研究対象となる用例としてすべてストックしておきます。そして、たとえば「みたいな」を使った逸脱文について研究したいと思ったときには、膨大なストックの中から「みたいな」の用例を引っ張り出して観察し、文脈、構文、意味の許容度の違いなどを分析し、規則性を発見していきます。近年はコーパスが発達し、より多くの実例を観察することができるようになりました。

――研究を始めたきっかけは?

小さい頃から言葉が好きで、本を読むと、必ず「この表現はユニークだな」「この作者はこういう言い回しが多いな」と、言葉に引っかかっていました。
やがて日本語の教師になりたいという夢を抱き、日本語学を学べる大学に進みました。ちょうどその頃、日本ではアメリカの言語学者、ノーム・チョムスキーの言語理論が一世を風靡していました。チョムスキーが提唱したのは「内省(ないせい)判断」を使う研究方法です。内省判断による研究とは、「ちょっと違和感があるな」などといった母語話者が持つ言語意識を生かして、言語を分析する研究です。それはまさに私が子どもの頃から自然とやっていたことでしたし、この手法を使えば大学1年生が第一線の研究論文を批判することも可能です。「言語学って、なんて面白いんだろう!」とのめり込みました。当時は「逸脱文」とは呼んでいませんでしたが、私が最初に書いた論文も、「空襲で家を焼いた」など、違和感のある文についての研究でした。

――研究テーマの魅力はどんなところにありますか?

逸脱文こそ、言語の面白い部分だと思います。逸脱文は規範から外れたものとして研究対象から外される場合もありますが、私には「逸脱文も含めて日本語なのだ」という強い信念があります。
先ほど逸脱文として例に出した「さっきまで雨が降っていたのが、今は日が差している」ですが、この「のが」を「のに」に置き換えると、違和感なく理解することができますね。この「のに」の「に」もかつて格助詞でしたが、「のに」全体で接続助詞へと変化しました。今、「のに」は接続助詞として定着しているので、後ろにどんな言葉が来ても違和感がありません。でも、「のが」は後ろに続く言葉によって違和感があったり、なかったりします。まだ完全には接続助詞化しておらず、今後どう変化するかも分かりません。つまり「が」は生きているんです。

――今後の抱負を教えてください。

やりたいことはたくさんあります。日本語の逸脱と同様の例が他言語にあるか比較してみたいですし、現代語の中に見いだせる逸脱文を言葉の変化の観点から歴史的に観察することもやってみたいです。また、逸脱文の研究を日本語学習に応用したいとも考えています。日本語を習い始めたばかりの人は逸脱文を理解できないのですが、日本在住歴が長くなると、母語話者と同じく逸脱文を意味理解できるようになります。ということは、日本語教育に内省判断の醸成や母語話者の逸脱文理解の手法を活用できるのではないか。これも、ぜひ研究したいテーマです。

日本語がいかに多様であるかを学び、その豊かさを受容できる人に成長してほしい

――授業で大切にしていることは何ですか?

学生一人ひとりの言葉を尊重するように心掛けています。大学にはさまざまな地方から学生が集まっており、中には方言を気にする学生もいます。ですが、その人にとって方言は母語。母語がいかに大事なものであるかを、本人にも、周りの学生にもぜひ分かってほしいです。そのためにも、まず私が学生の言葉を大切にしています。
言語は人間が使うものであり、それを研究する言語学はいわば人間研究です。学生たちにはそのことに気付き、そして多様な日本語を受容できる人へと成長してほしいと願っています。

――受験生にメッセージを。

ひょっとすると、日本語学を暗記科目だと思っている方もいるかもしれません。そういった固定観念は取り払って、真っ白な気持ちで学問に接してほしいと思います。日本語学は、実際に使用される日本語を観察するだけではなく、日本語の母語話者ならば誰でも持っている内省判断を使って自分の頭で考え、言語に潜む規則性を発見していく学問です。日本語学を通して、言葉について、さらには人間について深く研究することが、社会に出てからもきっと役立つ力となるはずです。

主な研究分野

日本語学、現代日本語文法論、構文意味論

主な論文・解説

  • 構文の意味-文における意味理解に果たすその役割-(2005年)
  • 逸脱文の意味と推論(2015年)
  • 母語話者と非母語話者の逸脱文の意味解釈(2016年)
  • 現代語の接続助詞的なヲの文について-推論による拡張他動性の解釈-(2010年)
  • 無生物主語のニ受動文-意味的関係の想定が必要な文-(2001年)
  • 接続助詞的な「のが」の節の文(2014年)
  • 周辺的な尊敬文の考察(2004年)
  • 主格節構文の多様化と名詞性との関係- 「白書」 のモノガ文とノガ文 -(2021年)  ほか

主な著書

  • 日本語構文の意味と類推拡張(2011年)
  • 文の理解と意味の創造(2002年)
  • 構文の意味と拡がり(2017年)
  • 構文と主観性(2021年)
  • 学びのエクササイズ 日本語文法(2008年) ほか