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人口が減っても年金は破綻しない。社会保障のメカニズムを分かりやすく伝えたい

短期大学部 家政科 生活総合ビジネス専攻

玉木 伸介 教授

2021/12/01

年金の仕組みを理解できないと、「年金が破綻する」という風説を信じてしまう

――研究分野について教えてください。

大きな研究分野は、公的年金や年金積立金などの資金の運用です。
研究領域について詳しく話す前に、私の経歴について話しておきたいと思います。私は大学卒業後、日本銀行に入行し、いわゆるサラリーマンとして数十年勤務しました。その間に、業務の一環としてロンドン大学に留学し修士課程を修了していますが、私は「学者」ではありません。ただし、日本銀行の一行員としてさまざまな組織に出向などしながら、年金や金融について研究を重ねてきましたので、「研究者」ではあります。
さて、皆さんは公的年金がどのようなものかご存知でしょうか。公的年金は、日本の社会保障制度のひとつで、年金保険料を何十年も納めてきた人が、高齢になってから給付金を受け取れる制度です。仕組みとしては、今現在の若者が支払うお金が、今現在の高齢者に給付されています。こうした年金などの社会保障制度について、金融の知識をベースにしながら、学生に分かりやすく伝えることが私の研究テーマです。

――その研究テーマについて詳しく教えてください。

先ほど年金について簡単に説明しましたが、実は、ほんのこれだけの説明でも「聞いたことがない」という人がたくさんいます。そういう方々は、年金にまつわるさまざまな風説に左右されてしまいます。もっともひどい風説は「年金は破綻する」というもの。多くの人がこれを信じるのは、とても困ったことです。
年金の仕組みは、健康保険に置き換えて考えると分かりやすくなります。健康保険では、みんなの収入の一部が健康保険組合などに集まり、それがケガや病気をしている人の治療代のかなりの部分に充てられます。そして健康保険があるから、自分が患者になったときには、医療費の一部を払うだけで済みます。誰だって、いつケガや病気をするか分かりません。だから元気なときは病気の人を助け、自分が病気になったら助けてもらう、という「共助」の仕組みとなっています。
年金も同じように、働ける人が高齢者を支える共助の仕組みです。共助の仕組みは、全員がその仕組みに対する信頼感を持っていないと成り立ちません。「破綻するのではないか」、「自分にとって不利じゃないか」という風説が流れることは、社会全体にとってよくないことです。引退した時点で10億円の貯蓄をしている人は公的年金などなくても困りませんが、現役時代にあまり多くの収入がなかった人、つまり経済的に弱い立場にある人にとってこそ、公的年金は老後の命綱であるので、風説によって「共助」のための国民的な合意が損なわれることは、日本社会にとって非常によくないことです。ですから、私はこういった風説をなくすこと、抑えることに力を注いでいます。

損が出ると大きく報道されるが、もうけが出てもニュースにならない年金運用

――研究テーマを意識し出したのはいつからですか?

年金などのお金の流れに興味を持ったのは、経済学部に通っていた大学生の頃です。社会保険料というのは国民から集めた大きなお金であり、その資金が政府に集まった後どうなるかは、経済全体を考えるときに重要な分野なのです。でも、会社員なら給与から天引きされることもあって、特に知識がなくてもみんな生きていける。私が学んだ経済学部の教授の方々も、おそらく、社会保険料の知識がある方はほとんどいなかったでしょう。私は個人的に勉強して知識を増やし、日本銀行に就職した後もそれに関連する研究を続けました。

――「分かりやすく伝える」ことを重視するようになったきっかけは?

私の日本銀行での最後の仕事は、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)への出向でした。GPIFは、公的年金保険料として政府に集まったお金(2020年度末で186兆円)を、株式や債券などで運用する組織です。まず、このGPIFが設置された経緯について説明しましょう。 昭和の時代、政府は、国民から集めた年金を活用して、新幹線、高速道路といった公的インフラを建設しました。厚生省(現・厚生労働省)が年金保険料を集め、そこから高齢者への給付金を差し引いた残りが大蔵省(現・財務省)へと移され、道路公団や鉄道建設公団などへ出資や融資として配られました。これを「財政投融資」といいます。この財政投融資によって作られたのが、東海道新幹線や関越自動車道など、いわば日本の背骨にあたるインフラです。インフラが整ったことで生産や流通の効率が格段にアップし、日本は豊かな経済大国となりました。
やがて平成になる頃には、背骨はほぼ作り終えていました。鉄道を複線電化したり高速道路を整備したりしても、コストがかかる割に交通量は多くない、これ以上インフラを整備しても経済効率は上がらないということで、2001年から、財務省が預かっていた年金のお金が厚労省へと返還されることになりました。そして厚労省には100兆円以上のお金が返ってきたのです。
さて、この膨大なお金を運用するために作られたのがGPIFです。GPIFが年金をどのように運用しているかというと、国内外の株式や債券を買っています。株ですから、評価額は上がったり下がったりします。元のお金が百数十兆円という規模なので、短期間で5兆円、10兆円の変動があるのは当然のことです。GPIFでの私の仕事のひとつが、運用でいくらもうかったか、損したかを、四半期ごとに記者会見で説明するというものでした。
あまり年金に詳しくない方でも、「年金の積立金が○兆円減った」というニュースは目にしたことがあるのではないでしょうか。年金が減るとメディアは大きく報道します。ところが、増えたときは報道の扱いがぐっと小さくなります。実際のところは、減ったり増えたりしながら、年金積立金は着実に増えています。にもかかわらず、ニュースを通して人々の記憶には「年金は減っている」、「政府が変なことをしているから国民は損をしているのではないか」という記憶や疑念だけが残っていくのですね。これは国民に対するミスインフォメーションの提供であり、非常によくないことです。GPIFでの仕事は、私にとって痛烈な経験となりました。

――授業で学生に教えるとき、心掛けていることは?

年金制度が今後も続いていくためには、若い人たちに年金のことを理解してもらわなくてはいけません。ですが、専門家が年金について説明しようとすると、つい難しい言葉を使ってしまう。だからこそ専門家でも学者でもなく、金融と年金の現場で経験を重ねてきた私のような者が、ざっくりと分かりやすく説明することが必要ではないかと考えています。
学生に話を聞くと、「高校で“年金が破綻する”と習った」という人もいます。しかし、人口が減ったからといって年金は破綻しません。何度も言いますが、年金はそのときの若者が払うお金が、そのときの高齢者に向かって支払われる仕組みです。ですから40年後でも60年後でも、今、一般的に想定されている範囲内での少子高齢化である限り、働く人一人当たりの経済活動量が現在と変わらなければ、あるいは増えていけば、今と同じくらいあるいは今以上の年金は出ます。日本全体の人口の多い少ないは関係ありません。ちなみに、日本の生産年齢(15歳~64歳)人口一人当たりの経済成長率は、G7でトップクラスです。その要因のひとつは、65歳以上の方がより多く働いているからです。日本の生産年齢は75歳くらいまで引き上げてもいいでしょうね。「人生100年」とすると、70歳に仕事を引退してから30年という長い期間を若者に養ってもらうことはナンセンスです。私は学生に「80歳まで働こう」と話しています。

社会で活躍できる女性になるために、学生である今から、80歳まで働く気概を持とう

――学生に期待することは何でしょうか?

「100歳まで生きる」という見通しをもって将来設計を考えてほしいと思います。大学を卒業して社会に出るとき、「とりあえず数年やりたいことができればいい」と考えているのと、「80歳まで働くんだ」という自覚をもっているのとでは、20代の過ごし方が全く違いますよね。 それから、基本的な数学スキルはぜひ習得していただきたいです。数学は企業からも求められる能力ですし、普段の生活にも不可欠です。たとえば、10年後に100万円貯めていたいとすると、年利2%で増えるなら、今いくらあればいいのでしょうか? 答えは100万円÷(1.02の10乗)です。こうした計算式を自分で考えて電卓やExcelで計算できるか、それによって日常生活における意思決定が変わってきます。学生には、数学が生活に直結したスキルであることを分かってもらい、社会で生きていくために必要な知識を大学で身につけ、自信をもって80歳まで活躍してほしいと思います。

――受験生にメッセージを。

大妻女子大学について調べると、「良妻賢母」という言葉を見かけるかもしれません。良妻賢母とは、要するに「活躍できる女性」ということだと、私なりに思っています。かつて女性の活躍の場は家庭でしたから「良妻賢母」という表現になっていますが、いまや活躍の場は企業など家庭の外へと広がっています。働き盛りとなる30~50代に社会で活躍できるよう、皆さんには18歳、19歳である今から、ぜひ準備を始めてほしいと思います。私が所属する生活総合ビジネス専攻では、「自立し活躍したい」という思いにしっかり応えるカリキュラムを用意しています。あなたの将来への展望を、ぜひオープンキャンパスで聞かせてください。

主な研究分野

経済政策

主な論文・解説

     
  • 年金の財政検証は変化に適合させる定期点検(2020年)
  •  
  • 人口減少・高齢化社会の金融環境と年金その他の金融仲介の在り方(2020年)
  •  
  • 2019年財政検証における経済前提について(2020年)
  •  
  • 「経済教室」年金財政検証見えた課題「100年時代」適合で安心導け(2019年)
  •  
  • 1980年代の金融環境と金融政策(若月三喜雄元日本銀行理事によるオーラルヒストリー)(2018年)
  •  
  • 長期金利のマイナス領域を含めた未曽有の低下と年金基金その他の長期投資家にとっての論点について(2018年)  ほか

主な著書

     
  • 年金2008年問題―市場を歪める巨大資金―(2004年)
  •  
  • 国債と金利を巡る300年史 ―― 英国・米国・日本の国債管理政策 ――(2005年)
  •  
  • 人口減少と総合国力-人的資源立国をめざして-(2004年)

主な口頭・ポスター

     
  • 公的年金保険制度が長期にわたって持続可能であるために ―― 財政検証の方法と役割 ――(2021年)
  •  
  • 財政検証の過程で明らかとなる公的年金保険制度の原理及び少子高齢化した社会における金融仲介について(2020年)
  •  
  • 公的年金保険と私的年金の連携を阻害するもの~必要な改革は何か~(2019年)
  •  
  • 老後の不安と公的年金保険制度(2019年)
  •  
  • 人への投資としての企業年金の革新(2019年)  ほか