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母語によって変わる言語音声の知覚。音声学の視点から、発音の学習ポイントや言語態度を考える

文学部 英語英文学科

新谷 敬人 准教授

2023/02/03

誰にでも通じる英語を習得するための効果的な学習法

――研究内容について教えてください。

言語学の一分野で、音声学という人間の言語の音声を対象にした研究を行っています。人間が音声を使ってコミュニケーションを取るときに起きていることを科学的に調べます。音声学には、どのように音が出るのかという‘発音’、どのように音が伝わるのかという‘音響’、その音をどのように捉えるのかという‘知覚’の三分野があります。私は、日本語を母語とする英語学習者の英語音声知覚について、発音教育の視点で研究しています。

――具体的にはどのようなことをされているのでしょうか。

現在は、主に二つの側面から研究を行っています。一つは、日本人が英語を習得する際に難しさを感じる音声的な特徴を調べ、通じる英語の発音を身につけるために効果的な学習方法の研究です。例えば、日本人が苦手とする“th”の発音。この子音は発音を間違えると、例えばthink(考える)がsink(沈む)という別の単語に聞こえるので気をつけるように、などと時間を割いて教えられることが多いのではないでしょうか。しかし、実際のコミュニケーションでは、発音が間違っていたとしても相手の理解にほぼ支障がないことが分かっています。つまり、このような単語の発音習得に時間をかけることは、ある意味では不要だといえるのです。

一方、rightとlightのようなLとRの区別を習得することは非常に重要で、LがR(またはその逆)に聞き取られることでコミュニケーションに問題が生じる可能性が高くなります。このように、日本人にとって苦手な発音ではあっても、何を重要項目として優先的に学習すべきかを考えることが重要です。

私が現在関心を持っているのは、日本人による上昇調イントネーションの知覚です。日本人は平叙文のような下降調イントネーションの中で発音された単語、例えばCanadaなら第1音節、bananaであれば第2音節というように単語の強勢位置を比較的容易に特定できます。しかし、疑問文のような上昇調のイントネーションの中では、単語の強勢位置(アクセント位置)を正しく知覚できない特性があります。そのため、単語が疑問文の中で使われた場合、理解度が低くなるので注意が必要です。
例えば、greenhouseは「温室」を意味し、第1音節(green)のみを強く発音します。一方green house (緑の家)はそれぞれがバラバラの単語からなるフレーズです。この場合greenもhouseも両方とも強く発音されます。この二つが疑問文となりDo you have a greenhouse/green house?となり上昇調イントネーションで発音されると、「温室」と「緑の家」の区別が難しくなります。この現象は、母語である日本語の音声特徴に起因していると考えられます。
日本語で人名の「原田」は、「は」から「ら」にかけて音のピッチ(高さ)が下がりますが、「腹だ」になると「ら」から「だ」にかけて下降する。ピッチが下降する部分の違いで単語を区別するのが日本語の特徴であり、それに慣れ親しんでいる私たちにとって英語上昇調イントネーションの中での単語の区別が難しく、学習を強化すべきポイントになります。

もう一つの研究は言語態度についてです。言語態度とは、言語に関連して抱く感情や信念のこと。言語を使う人は必ず何らかの訛り(アクセント)があり、多くの日本人はアメリカ訛りの英語を手本にして学習します。そのため、日本人はアメリカ英語やそれに近い英語を正しい英語とみなし、インドや中国、オーストラリアなど他の国の訛りがある英語に否定的な態度をとりがちです。同じ内容を話していても、訛りの違いで受け取り方が変わってしまう現象も起こります。どんな英語でも通じることが大切で、人種差別的な感情を混同させるのはおかしなこと。そもそも、今の社会では英語母語話者(ネイティブ)であろうとなかろうと、英語が共通語として使われています。多くの種類の英語に触れ、さまざまな訛りに慣れる方がむしろ有益です。教育によって訛りへの理解が深まれば、発言の内容に関わらず発生する否定的、差別的な感情を抑制し、言語態度を変えていけると考えています。

同じ耳の構造なのに、母語が違うだけで聞こえ方が変わる不思議さ

――この研究との出会いを教えてください。

振り返ってみると、中学生の頃から英語の音に興味を持っていました。当時、カセットテープに録音された英語の物語を繰り返し聞いていて、内容はよく分からないながらもLとRは音として違うな、というようなことを感じていました。学術的な研究の存在を知ったのは、大学1年生のときに受けた英語音声学の授業でのこと。その授業では、日本人にとって発音上の壁になる部分を訓練し、修正していくという内容で、実際に発声練習を重ねることで自分の発音が変わっていくことを実感。それまでなんとなく気づいていた英語の聞こえ方や発音の違いについてもっと知りたい、という気持ちが一気に高まりました。大学のゼミでの研究では飽き足らず、卒業後の大学院進学、アメリカの大学院への留学で音声学の研究を続け、一生をかけて追究するテーマになったのです。

――研究の魅力はどんなところにありますか。

音声知覚の研究の面白さは、音響的には明らかに異なるものが、母語によってまったく違いが分からないケースがあるところです。日本人には英語の「hat(帽子)」と「hut(小屋)」の母音の区別がとても難しい(どちらも「ハット」になってしまう)ですが、これと同じように英語話者には日本語の「来た」と「切った」の区別がつきません。誰しもが同じ構造の耳を持っているのに、どの言語を母語としているかで知覚に変化が起こる点が非常に興味深いですね。

小さな努力の習慣化が、大きな成果につながる

――学生たちの教育で大切にしていることを教えてください。

ゼミでは、英語を国際共通語という観点から考察するために、さまざまな非ネイティブスピーカーの英語の特徴を伝えたり、多様な地域の英語を自分たちで調査・分析、発表したりといった取り組みを行っています。同時に、学生自身の発音を向上させるための発音練習も実施しています。私のような音声学の専任教員がいる大学は少ないですし、個人の発音を直すにはマンツーマンでないと難しいので、大妻女子大学にはその環境が整っているといえます。正しい発音を身につけたいという学生には、個別で指導もしています。英語力を向上させるには、効果的な学習法を用いるのはもちろん、努力と時間が必要です。学生たちには小さな努力を習慣化して続けていくことが大切だと伝えています。これは、英語学習だけでなく、継続した取り組みが必要な活動すべてにおいて活用できるので、学生たちの人生にも有益だと思います。

―――今後の研究の目標を教えてください。

日本では、ネイティブのような発音で英語を話したいという人が多く、理解できれば良いと考える人が少ないのが現状です。このようなネイティブ至上主義は、時代に合わないだけでなく、差別の火種にもなり社会に悪影響を及ぼします。今後も英語の音声の研究、教育を続けることで、日本の風潮を変えていき、未来を背負う多くの人に英語発音への正しい理解を持ってほしいですね。