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卒業生の紹介

社会で活躍し続ける卒業生

株式会社 明治
営業戦略推進部 管理栄養士

大前 恵 さん 家政学部 食物学科 管理栄養士専攻
1990年3月卒業/埼玉県私立淑徳与野高等学校出身

スポーツ栄養の可能性を知ってほしいーその信念がキャリアを拓き、次世代の背中を押す

大学時代は本当にのびのびと過ごしました。「自分らしく自由に」という先生の指導のもと、大量調理実習ではグループのメンバー各自が得意な部分を受け持ち、手際よく分業した記憶があります。自分で考え、行動する力が育まれた4年間でした。同じクラスで過ごした60名ほどの仲間とも仲がよく、卒業後、食の分野や研究の道、さらには異業種など、それぞれが自分の居場所を見つけて活躍しており、私にとって今も刺激となる存在です。

管理栄養士の資格が役立つようになったのは30歳を過ぎてからです。結婚を機に仕事から離れていた私に、当時、栄養士として活躍していた方から「取得した資格を生かして、働いてみたら?」とアドバイスをいただき、今の職場で働き始めました。最初は事務的な業務が中心でしたが、先輩方の仕事を間近で見るうちに、「こんなに価値のある仕事は、もっと社会に知られるべき!」と感じ、自らプロ野球やサッカーチームにアプローチを始めました。当時はプロチームでも管理栄養士の仕事が十分に知られておらず、栄養指導のために球場へ通う私のことをずっと新聞記者と思っていた人もいたほどです。

この仕事の核は、アスリートとの信頼関係です。何を望んでいるかに耳を傾け、行動をよく観察することを心掛けています。競技そのものを深く知る姿勢も大切。コミュニケーションの重要性は大量調理など実習を通じて大学時代に教わり、仕事の軸になっています。時間をかけてアスリートと向き合う中で、意識や行動が変わる瞬間に立ち会えたとき、大きなやりがいを感じます。これまでの経験を整理、体系化し、管理栄養士がスポーツ界で持続的に活躍できる仕組みをつくることが私の次の挑戦です。

国際航業株式会社
事業統括本部 地域マネジメント部
東日本地域マネジメントグループ 計画設計チーム

島﨑 彩佳 さん 社会情報学部 社会情報学科 環境情報学専攻
2007年3月卒業/
筑波大学大学院 生命環境科学研究科 環境科学専攻 2010年3月修了
神奈川県私立関東学院高等学校出身

肩書や働き方が変わっても、暮らしを起点にまちづくりに対する思いは揺るがない

今の仕事につながっている「まちづくり」に初めて出会ったのは、大学のゼミでした。先生や仲間と一緒にまちを歩き、風景や建物、人の動きを観察しながら暮らしの背景にある仕組みを読み解いていく。何気なく歩いていたまち にも、地域の人の意図や工夫があることを知り、まちづくりの面白さに引き込まれていきました。それまでは、幼少期に海外に住んでいたことから、国際協力に興味があり、国際機関で働きたいと考えていたのですが、まちづくりに関 わる道も志してみたいという気持ちが高まりました。どちらの道も追う上では、大学院の修了が必要であったため、大学院へ進学。修了後、まちづくりと国際協力に関わる建設コンサルタント企業に就職。学生時代に目指したキャリ アに近く仕事に邁進する日々でしたが、東日本大震災をきっかけに、国内でまちづくりに携わりたいという思いが強くなり、まちに住まう人の視点やコミュニティを軸に、まちづくりの仕掛けを生み出すコミュニティプランナーへ。

そして現在は、都市計画を専門とした技術者として、業務に従事しています。転職のたびにまちづくりとの関わり方は変わりましたが、「人の暮らしに寄り添うまちづくりをしたい」という軸は、ずっと変わっていません。ただ、働き方は大きく変わりました。出産前は大好きな仕事に全力投球でしたが、今は家庭とのバランスを大切にしながら取り組んでいます。子どもの存在は新しい視点ももたらしてくれました。例えば、直近で公園に関わる仕事をしましたが、私自身が子どもとよく利用することから、利用者目線でもさまざまな提案ができました。

これまでのキャリアを経て振り返ってみると、一つとして無駄なことはなかったと言い切れます。目の前の学びや仕事に真剣に向き合った時間は、必ず未来の自分につながっていきます。そして、大学や大学院で出会った先生、仲 間とのつながりは、今も私を支える大切な宝物です。

編集者
(MOTHERS編集部 編集長、オイシックス・ラ・大地株式会社 社外取締役、鯖江市顧問/SDGs女性活躍推進アドバイザー)

小脇 美里 さん 家政学部 児童学科 児童学専攻
2006年3月卒業/神奈川県横浜市立東高等学校出身

仕事も育児も10:10で取り組んでいます。環境が変わっても、全力で走り切るのが私のスタイル

私の場合、ライフステージの変化が物事の見方や価値観に影響を与え、仕事での気づきにつながってきました。20代で結婚するとき、小柄でもきれいに見えるドレスがなかったことをきっかけに、ウェディングドレスのデザインを手掛け、育児をはじめてからは、自分が感じた収納の不便さを解消する収納グッズを企画。10年以上利用している食品宅配サービス・オイシックスの社外取締役の仕事は、利用者目線で事業成長に貢献できるなら、と引き受けさせていただきました。アウトプットの形は異なりますが、軸にあるのは常に「編集者目線」です。情報や素材を集め、その中から取捨選択してターゲットが求める形にアウトプットする。どんな仕事にも、自分の経験や感じたことを生かして取り組んできました。想定外だったのは、仕事と育児の両立の難しさです。仕事を辞めようと思ったことも何度もありましたが、今はキャリアを手放さなくてよかったと思っています。経済的な面でも、自分の大切な家族を守ることができる安心感があります。そう結論づけられるようになってからは、子どもと離れて働くからには何をすべきか、やり続けたい仕事は何かをより一層考えるようになり、Webメディア MOTHERS編集部の立ち上げに至りました。

育児をしながら多様な働き方、生き方を選び、精神的・経済的に自立している人はたくさんいます。そんな人の存在や、彼女たちが持つ情報を発信することで、育児に悩む女性がヒントを得て、前向きになれるコミュニティMOTHERS編集部です。女性の経済的自立というと、これまでは子どもと離れてバリバリ働くイメージが強かったのですが、今は働き方も考え方も多様に選択できることを伝えていきたいと思っています。大妻という環境で得た、自分の好きを探求することや考え方の柔軟さは、社会でプラスになっています。また、大学で幼稚園教諭と保育士の資格も取得したので、子育てが一段落したら子どもの施設を経営するという夢も。大学での学びは生涯にわたって生きるのではないでしょうか。最近はようやく肩の力が抜けてきましたが、やっぱり仕事も育児も全力投球。それが私のスタイルで、強みだと思えるようになってきました。

関西テレビ放送株式会社
東京支社 営業部

谷口 文乃 さん 人間関係学部 人間関係学科 社会・臨床心理学専攻
2017年3月卒業/愛知県私立椙山女学園高等学校出身

報道記者から営業職へ。新たな道への挑戦が、私を成長させてくれる根源です

大学時代から関心のあった子どもに関する社会問題を追いたい、と報道記者を志してテレビ局に入社。3年目で念願の報道記者になり、事件報道や特集取材に没頭しました。充実した日々が4年ほど続いたある日、ふと、「このままでは成長が止まる……」という焦りを覚えたのです。それは、仕事のやり方を一通り覚えたことで、新しい事柄も、それまでの知見を応用してこなせてしまうケースが増えたから。以前の方が、もっといろいろな角度から考え、試行錯誤していた。それこそが成長の根源だったことに気づいたのです。人間関係も安定し、居心地のよい職場でしたが、思い切って飛び出す決意を固めました。

報道は、社会課題を見つけ出し、どのように伝えるかを考える仕事です。0から1をつくり出す現場で感じたのは、つくり出したものをうまく広めていくことの大切さ。その感覚がヒントになり、1を100に広げる営業職へ異動しました。また、一気に成長したいという思いもあり、挑戦の機会が多い東京に拠点を移し、現在はテレビ番組のスポンサー企業を探す仕事に携わっています。番組制作メンバーの思いを代弁するとともに、例えばドラマの中で主人公がその企業の商品を使うなど、相手のメリットを社内調整した上で交渉します。仕事内容も出会う人も大きく変わり、できないことや失敗もびっくりするほどあります。だからこそ必死で考え、もがく。振れ幅の大きな仕事の経験が成長につながり、今後のキャリアを考える上で欠かせないと感じています。仕事に対する考え方も変わりました。事件や事故がいつ起こるか分からない報道記者時代は、四六時中、仕事が気になっていましたが、今は完全オフの休日の時間を楽しめるようになり、ワークライフバランスによる人生の豊かさに気づくことができました。

どんな仕事も、周りの協力があってこそ成功につながるものです。自分では思いつかないアイデアや解決策をもらえることも。大妻で得た「一人では何事も成し得ない」という学びを胸に、自分の振る舞いや態度を常に見つめながら、社会で活躍し続けたいです。