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【学長通信】国際農産物流通とアグリビジネス

学長通信

ファミレス、ハンバーガー、牛丼、カップヌードルなどのファストフードが急速に広がる一方、SNSや雑誌を通したフレンチ、イタリアン、和食、エスニックなどの店舗紹介も花盛りです。こうした豊かな―ひょっとすると貧しい―日本の食生活は、世界中から集められた材料や加工品によって支えられています。

よく知られているように、日本の食料自給率はこの50年間低下を続けており(1965年73%→2021年38%、カロリー・ベース)、現在ではG7のなかで最低の水準にあります。ちなみに、2019年のG7食料自給率をみると、カナダ233%、フランス131%、アメリカ121%、ドイツ84%、イギリス70%、イタリア58%、日本38%で、日本の自給率は突出して低くなっています(農水省調べ)。国際的な農産物流通の動向に左右される度合いが一番高いのが、日本の食の現状といっていいでしょう。

この国際農産物流通を担っているのは誰かといえば、多国籍アグリビジネスと称される多国籍企業です。アグリビジネスという言葉がはじめて使われたのは、じつはかなり古く、1957年に、ハーバード大学のゴールドバーグ教授が提唱しました。食料生産から農機具・農薬製造、食品加工・販売までを取り扱う組織体のことを指す言葉でした。その後、半世紀以上を経るなかで、このアグリビジネスの力は、弱まるどころか、むしろ強まり続けています。

多国籍アグリビジネスは、およそ3つのタイプに分けられます。第1は、主として穀物貿易を担う穀物メジャーです。穀物のなかでもとくに小麦は貿易に回される比率が高い商品で、輸出国は、アメリカ、カナダ、EU、ロシアなどの先進国、輸入国は、東南アジア、中東、エジプト、中国などで、「北から南」に商品が流れます。パン食の拡大によって、日本の小麦輸入量も傾向的に増大しています。日本の2021年小麦流通量は、国産82万トン、輸入488万トンで、9割近くを輸入に依存しています。輸入元は、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどですが、ロシアのウクライナ侵攻により、ロシアやウクライナの小麦輸出量が大幅に縮小し、その結果として小麦価格の高騰を招いています。

小麦流通のほとんどは穀物メジャーが占有して取り扱っています。カーギル(米)、ルイドレフュス(スイス)、ADM(米)、ブンゲ(米)などが代表的穀物メジャーで、この4社の頭文字をとってABCDともいわれています。米系企業の地位が圧倒的でしたが、最近では、コフコ(中国)、ウィルマ―インターナショナル(シンガポール)、全農(日本)などが、取扱量を伸ばしています。また、トウモロコシについては、アメリカが、コーンエタノールの自動車燃料への混合=消費量義務付け(2005年エネルギー政策法)を行って以来、その価格が急騰し、穀物メジャーの重要な収益源となりました。トウモロコシは、アメリカが最大の生産国であるとともに消費国で、米系企業が価格支配力を持っていますが、こちらも、最近ではシンガポール系企業、日系企業などが参入するようになりました。

第2のタイプは、熱帯産農産物、コーヒー、ココア、天然ゴム、砂糖、バナナなどの貿易を担う多国籍企業で、商品は、穀物とは逆に「南から北」へ流れます。輸出比率は極めて高く、例えばコーヒーでは、ブラジル、ベトナム、コロンビア、インドネシア、エチオピアが5大生産国ですが、生産量の約4分の3が輸出に回されています。ネスレ、フィリップ・モリス、ユニリーバ、T&Lなどが代表的企業で、最大の食品・飲料会社であるネスレは、従業員35万人を擁し、世界85カ国で製品を販売し、914.3億スイスフラン(13.5兆円)の売上を算しています(2020年)。ネスレの歴史はかなり古く、日本に支社ができたのは1913(大正2)年のことでした。

第3のタイプは、付加価値型の農産物貿易を担う多国籍企業で、牛肉・オレンジ・りんご・果物ジュースなど、「北から北」プラス「南から北」の複合的流れをもち、いずれも米系企業ですが、ドール、チキータ、RJRナビスコなどが代表的です。例えば、ドールは、世界最大の青果物メジャーといわれ、北米、南米、アジア、ヨーロッパなど世界90カ国以上でバナナやパイナップルおよびフルーツの加工流通を展開しています。日本でもバナナで有名ですが、2013年に、「アジアにおける青果物事業とグローバル展開する加工食品事業」部門を伊藤忠商事に売却しました。

このような国際農産物流通の多国籍アグリビジネスによる統合は、生産者からアグリビジネス企業への富の移転をもたらします。例えば、穀物メジャーのカーギルは自前の人工衛星を駆使して世界中の生産地の天候をチェックするなど、高い情報収集力を行使して、需給や価格の変動そのものを支配しています。収穫期の異なるさまざまな生産地から穀物を調達できるため、安定した供給力を確保でき、価格支配力は一層高まります。

また、多国籍アグリビジネスによる統合は、世界規模での食の嗜好の共通化・均一化を生み出しています。ファストフードは世界的に広がっており、国によって多少のバラエティは付加しても、ベースとなる味覚は世界同一となります。テイクアウトの拡大は、食品ロス増大の大きな要因となります。農水省調査(令和2年度)によれば、日本の食品ロス量は年間522万t、国民一人当たりでみると年間41㎏、米の年間消費量とほぼ同量を捨てる水準まで達しています。

より深刻な問題は、多国籍アグリビジネスの展開が、ニューバイオテクノロジーの積極的導入による育種の企業化を生み、遺伝子組換えによるハイブリッド種の独占=農民的育種の衰退・消滅をもたらし、ポストハーベストなどの問題も引き起こしていることです。農業は、利益のための投資対象となり、農業そのものが持つ自然的価値・社会的価値を弱体化させていくことになります。地産地消、スローフード、フェアトレード、地域コミュニティなどが語られるのは、こうした事態の進行への対抗でしょう。健康や生活環境、食文化をどのように守るかが改めて問われています。

学長  伊藤 正直