大学紹介
入試・入学
学部・短大・大学院
研究
就職・キャリア
​学生生活
​留学・国際交流
地域連携・社会貢献

【学長通信】リケジョ、リコチャレ

学長通信

リケジョ、リコチャレ、聞いたことがありますか?リケジョは理系女子のことで、最近では、ほとんどのひとが聞いてわかるのではないでしょうか。リコチャレの方は、初めて聞くひとの方が多いかも。こちらは、理工チャレンジの略語で、名付け親は内閣府男女共同参画局です。同局が、2005年から行っている取組みを指し、「女子中高生等が、理工系分野に興味・関心を持ち、将来の自分をしっかりイメージして進路選択することを応援するため」のさまざまなイベント、シンポジウム、調査研究、人材育成、出前授業などのことです。

内閣府男女共同参画局は、2001年の内閣府の設置にともない、設置された部局です。21世紀に入ってから、わが国でも、女性の社会的地位や役割に対する認識は、大きく前進しました。1999年に施行された「男女共同参画社会基本法」は、「男女共同参画社会の形成は、男女の個人としての尊厳が重んぜられること、男女が性別による差別的取扱いを受けないこと、男女が個人として能力を発揮する機会が確保されること」が前提であると宣言しています。また、2015年に施行された「女性活躍推進法」は、「自らの意思によって働き又は働こうとする女性が、その思いを叶えることができる社会、ひいては、男女がともに、多様な生き方、働き方を実現でき、ゆとりがある豊かで活力あふれる社会の実現を図ること」をその課題に掲げています。男女共同参画局は、それらの施策を中心となって立案・推進する部局です。

このように、現在の日本社会において、女性に対する期待は、これまでよりもずっと大きくなっています。もちろん、法律や制度ができ、政策が立案されただけで、構造的な問題が自動的に解消されるかといえば、そんなことはありません。2023年に決定された「女性活躍・男女共同参画の重点方針 2023」でも、「様々なライフイベントに当たりキャリア形成との二者択一を迫られるのは多くが女性であり、その背景には、長時間労働を中心とした労働慣行や女性への家事・育児等の無償労働時間の偏り、それらの根底にある固定的な性別役割分担意識など、構造的な課題が存在する。こうした構造的な課題の解消に向けては、従来よりも踏み込んだ施策を講じることが不可欠」として、政治・経済・社会・科学技術・国際各分野での女性登用目標の達成を掲げています。

とはいえ、残念なことですが、日本のジェンダー平等は諸外国に比べて大きく立ち遅れています。世界経済フォーラムが毎年発表しているジェンダー・ギャップ指数、その2023年の日本の順位は146カ国中125位でした。2006年が80位でしたから、近年、その順位は下がり続けているといえます。順位低下の大きな理由は、政治分野・経済分野での女性の役割の低さですが、科学技術分野でも、女性進出の割合が、国際的にみてかなり低いといわなくてはなりません。

例えば、OECD(経済協力開発機構)が加盟各国の高等教育機関の入学者に占める女性の割合を調べた調査があります。この調査によれば、入学者に占める女性の割合は加盟37カ国中ドイツと並んで最下位、理系分野をもう少し細かく分けてみると、「自然科学・数学・統計学」分野での女性比率は、OECD平均の52%と比べると27%で断トツの最下位、「工学・製造・建築」分野では、OECD平均の26%と比べ16%で、こちらも最下位となっています(横山広美『なぜ理系に女性が少ないのか』幻冬舎新書674、2022年、同「UTokyo OCW2022A学術俯瞰講義」)。

もっとも、理系分野すべてにわたって女性比率が低いというわけではありません。文科省の「学校基本調査」を使って理学部入学者数に占める女性比率を調べてみると、比率は分野によって大きく異なっており、生物学では40%前後、化学や地学では25~30%、数学や物理学では10~15%となっています。アメリカでの同様の調査をみると、生物学が60%前後、化学と数学が50%弱、物理学と工学が20%です。アメリカと比べると日本では、とくに数物系の比率が低いことがわかります。では、女子の数学能力が低いのかといえば、決して そうではありません。同じOECDが加盟国全体に対して行った数学能力調査(男女15歳のPISA調査、2018年)では、加盟37カ国中日本は男女ともトップでした(横山広美、同上)。

では、数学が不得手というわけではないのに、国際比較をすると、日本で理系進学者の割合が低いのはなぜでしょうか。本人の意思や能力以外に、社会規範やイメージや文化が与えている影響が大きいのではないか、日本の平等意識の低さに原因の一つがあるのではないか、上記の横山著書には、こうした観点からの多くのデータが示され、その根拠となった研究が、巻末の参考文献にあげられています。

分析の一例をみましょう。学問分野に男性イメージがあるか、女性イメージがあるかを問うた調査です。対象は、20歳から69歳まで男女半々の1,000人です。アンケートの回答結果は、女性に向く学問分野として、看護学、薬学、音楽、美術、歯学が、向かない学問分野として、機械工学、物理学、地学、数学、化学がある、男性に向く学問分野として、機械工学、医学、歯学、数学、法学・政治学が、向かない分野として、生物学、人文科学、美術、音楽、地学があるというものでした。学問分野に対するジェンダー・イメージの存在です。学問分野の就職や結婚との関係意識も分析されています。この他、女性の「理系苦手意識」が、中学時代に形成されていることや、親のジェンダーバイアスの影響についての分析もあります。一読を薦めます。

似たような分析は、内閣府男女共同参画局リコチャレでも行われており(「女子生徒等の理工系分野への進路選択における地域特性についての調査研究」令和3年度内閣府委託調査)、理学分野入学者の女性比率は、親世代の女性の大卒者率との間に正の相関がみられること、家計の所得水準と正の相関がみられること、保護者が理工系を専攻していた割合が高いこと、幼少時の科学館・博物館体験、大学や自治体の理系イベントの体験者が多いことなどの分析結果が示されています。こちらも同局のウェブサイトから読むことができます。

今年の4月15日、今年度の猿橋賞が緒方芳子京都大教授に授与されることが発表されました。猿橋賞は、自然科学分野で優れた業績をあげた女性科学者に与えられる賞で、今年が44回目。緒方教授の専門は量子統計力学で、受賞テーマは「量子多体系の数学的研究」。物理学の世界で量子の動きに法則性を見いだす量子力学を、数学的に説明した業績が評価されました。世界的には、多くの女性研究者が、さまざまの理系分野で先端的な成果をあげるようになっています。企業や実務の世界でも、多くの分野に女性が進出し活躍するようになっています。今後、一層多くの女性が理系分野に参入していって欲しいと思います。

学長  伊藤 正直