大学紹介
入試・入学
学部・短大・大学院
研究
就職・キャリア
​学生生活
​留学・国際交流
地域連携・社会貢献

【学長通信】話しことば、役割語、社会方言

学長通信

朝起きて「おはよう」と挨拶する、学校に行って友達と雑談する、会社で仕事の打ち合わせをする。私たちは、毎日、日常的に人とコミュニケーションをとっています。挨拶や雑談、業務伝達や打合せの会議、授業や部活での会話。コミュニケーションの手段は、会話であったり、文書であったり、LINEであったりします。身振りや手振りによる非言語的・身体的コミュニケーションを伴う場合もありますが、基本はいずれも言葉によるコミュニケーションです。しかし、同じ言葉でも、会話のそれと文字によるそれには大きな違いがあります。

言葉に「書きことば」と「話しことば」があることは誰でも知っています。最近では、これに「打ちことば」という区分が加わったようです。絵文字・顔文字、「アケオメ」などの略語、「ぴえん」、「おつ」、「り」などのジャーゴン、漢字多用など、スマホやパソコンのキーを使って書かれる言葉のことです。文字として打たれるという点では書きことばですが、その表現の仕方からみると話しことばに近いでしょう。書きことばと話しことばの中間といっていいかもしれません。

書きことばと比べると、話しことばは、はるかにバリエーションが豊富です。もちろん、書きことばにも、行政文書、新聞記事、小説、学術論文、日記などで文体やスタイルに違いがありますが、いずれも、おおむね明治維新後の近代化政策に基づく「国語」=標準語によって書かれているといえます。これに比べると、話しことばははるかに多彩で多様です。

<老人ことば><幼児ことば><お嬢様ことば><若者ことば>といった世代間で異なった言葉遣いがあります。あるいは、東北弁、名古屋弁、関西弁、沖縄弁といった地域間で異なった言葉遣いもあります。敬語とタメ口など上下関係や親疎関係によって異なった言葉遣いをしたりもします。

「ある特定の言葉遣いから特定の人物像を、あるいはある特定の人物像を示されるとその人物がいかにも使用しそうな言葉遣いを思い浮かべることができる」という現象は、広範にみられます。例えば、「そうじゃ、わしが知っておる」といえば老人を、「そうだよ、僕が知っている」といえば男の子を、「そうですわよ、わたくしが存じておりますわ」といえばお嬢様を、日本で育った日本語の話者ならば、誰でも思い浮かべることができます。この言葉遣いを金水敏は「役割語」と命名しました(金水敏『ヴァーチャル日本語 役割語の謎』岩波書店、2003)。

誰でもその人物像を思い浮かべることができますが、では、実際にこのような言葉遣いをする老人やお嬢様がいるのかといえば、現実にはそうした人は存在しません。フィクションあるいは仮想現実(ヴァーチャル)の世界で使われる言葉遣いです。リアル日本語に対して、ヴァーチャル日本語、あるいはキャラ日本語といってもいいでしょうし、意図的・自覚的に使う場合にはコスプレ日本語といってもいいかもしれません(マツコ・デラックスを思い浮かべてみてください)。

ヴァーチャル日本語といえば、最近はヴァーチャル方言が話題です。方言とは、言語学的には、話し手の属性の違いに基づく言語変種をいい、地域によることばの違いを示す「地域方言」と、ジェンダー、世代、社会階層、職業、役割などに基づく「社会方言」の2つをさすものとされています。ここでヴァーチャル方言というのは、「地域方言」に由来するもので、そのうち、テレビや映画や舞台やネットで使われている方言をいいます(田中ゆかり『方言萌え!? ヴァーチャル方言を読み解く』岩波ジュニア新書、2016)。

昔の映画やドラマは、日本全国どこを舞台にしていても、標準語で語られ演じられていました。幕末三大方言ヒーローといわれる坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟も、土佐弁、薩摩弁、江戸弁ではなく、標準語をしゃべっていました。それが、次第に方言で語るようになるのです。この推移を、田中ゆかりは、次のようにモデル化しています。共通語ドラマ→「なんちゃって方言ドラマ」(1950~70年代)→方言指導の導入と定着(1970年代半ば~1980年代半ば)→本格方言ドラマ(1990年代~)→リアルさ追求方言ドラマ・方言コスプレドラマ(2000年代以降)。

ドラマや映画で、クレジットロールに方言指導が入るようになり、方言の地域区分も次第に細分化されるようになりました。とはいえ、そこでの方言はリアルな地域方言100%ではなく、「ドラマ方言」として意識的に作られたヴァーチャル方言でした。NHKのドラマでいうと、「ちゅらさん」から「カーネーション」そして「八重の桜」「あまちゃん」をみるとこの推移がよくわかります(上掲田中『方言萌え!?』)。そして、このヴァーチャル方言がリアル方言のありように影響を与えるという往還もみられるようになりました。

「社会方言」の側でも大きな変化がありました。なかでも大きく変化しているのは「若者ことば」です。「若者ことば」については、しばしば、その乱れが言及されます。例えば、動詞化した「ファボる」「ライブる」「リムる」「ジモる」「じわる」、形容詞の「おしゃかわ」「グロかわ」「ぜんつま」「ねむしん」、副詞の「あげぽよ」「圏外」「ガツ」「バブみ」「ずたぼろ」、合いの手の「それな」「よき」。どれくらいわかりますか。

この若者ことばのなかでもよく聞かれる「そうっす」「マジっす」といった言葉だけで、「ス体」と名付けて一冊を書いてしまった本を読みました(中村桃子『新敬語「マジヤバイっす」 社会言語学の視点から』白澤社、2020)。最初から最後まで面白かったのですが、とくに印象が深かったのは、「『ス』は丁寧語じゃないっす」の章です。ウェブサイト『発言小町』(読売新聞社主催の女性向けQ&Aウェブサイト)に投稿された以下へのレスポンス(レス)の分析です。

【トビ主さん】「そうっすね。マジっすか。ヤバイっす。みんな丁寧語っすよね?」っす 2014年4月30日21:18
「私たちは「っす」を先輩とか目上の人に使っています。なのでずっと「っす」を丁寧語と解釈していたのですが、私の「そうすっか(ママ)マジヤバイっすね」発言に上司からマジ見下された気がしました。ヤな奴。 「っす」は丁寧語っすよね」

この投稿の3分後に「冗談キツイっす」、5分後に「うっす。丁寧語じゃないっす」とのレスがあり、以後2カ月の間に344のレスがあったということです。90%が「スは丁寧語でない」としたものの、レスはまじめ系とおもしろ系に分かれ、まじめ系では、敬語の使いかたから、トビ主さんへの批判・侮蔑、ヤンキーやガテン系といった特定集団への結び付けなどがあり、おもしろ系では、パロディ化や様々のパーフォーマンス的越境が続いたといいます。

このように話しことばは面白い。話しことばを論ずることは、さらに面白いし難しい。現代日本社会は、様々の集団に分断され、ジェンダー、世代、社会階層、職業、役割などに分節化されています。このような状況の下で、帰属している集団を超えたコミュニケーションをどのように回復し、広げていくかが問われています。話しことばについてあれこれみていくなかで、この観点から、言葉を考えることの必要性を痛感しました。

学長  伊藤 正直