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【学長通信】『三千円の使いかた』、家計簿、家計調査

学長通信

原田ひ香『三千円の使いかた』(中公文庫、2021)、垣谷美雨『老後の資金がありません』(中公文庫、2018)など、女性と家計をめぐる小説-家計応援小説といってもいいかもしれません-がよく読まれているようです。テレビドラマや映画にもなりました。80万部を超えるベストセラーになっている『三千円の使いかた』の裏表紙には、次のような解説があります。「就職して理想の一人暮らしをはじめた美帆(貯金三十万)、結婚前は証券会社勤務だった姉・真帆(貯金六百万)。習い事に熱心で向上心の高い母・智子(貯金百万弱)。そして一千万円を貯めた祖母・琴子。御厨(みくりや)家の女性たちは人生の節目とピンチを乗り越えるため、お金をどう貯めて、どう使うのか?」。『老後の資金がありません』の方は次のとおり。「老後は安泰のはずだったのに!家族の結婚、葬儀、失職‥‥降りかかる金難に篤子の奮闘は報われるのか?“フツーの主婦”が頑張る家計応援小説」。

『三千円の使いかた』の各話のタイトルは、「第1話 三千円の使いかた 第2話 七十三歳のハローワーク 第3話 目指せ!貯金一千万! 第4話 費用対効果 第5話 熟年離婚の経済学 第6話 節約家の人々」です。各話では、24歳の美帆、29歳の真帆、55歳の智子、73歳の琴子という御厨家3代の女性たちがそれぞれ主人公となり、各人の人間関係と生活設計およびそれにともなうお金のやりくりが描かれます。

物語に出てくるさまざまな出来事は、いずれも身近にありそうであり、生活感にあふれています。本書に登場する男性はおおむね影の薄い存在で、登場する女性たちは、家計の管理者であるとともに世帯の主宰者、生活設計の主体となっています。その意味では、高度成長期の日本型標準家族に支えられた性別役割分業(=「男は仕事、女は家庭」)というジェンダー規範を克服しようとする現在に対応しているのかもしれません。あるいは、そこから離脱しきっていない過渡期の産物なのかもしれません。家計の管理者という関連からか、本書には折に触れて「家計簿」が登場します。少し引用してみます。

「年金生活になる前、琴子はとても不安だった。しかし、本屋に行ったら、ちゃんと『高年生活の家計簿』をはじめ「年金家計簿」がそろっていてほっとした。‥‥『高年生活の家計簿』は日本で家計簿を最初に作った、羽仁もと子の家計簿が元となっており、その見慣れた表紙に、「さすが羽仁先生」と心強く感じた。」(第2話)
「家計簿の歴史は一九〇四年、明治三十七年の、羽仁もと子氏監修、婦人之友社から出版されたものが最初である。羽仁もと子氏は雑誌『婦人之友』にも『家政問答』という読者の家計悩み相談のようなものを寄稿していたらしい。」(第2話)
「結婚当初、義母に、羽仁もと子先生の「家計簿」を手渡され、「特にけちけちしなくてもいいから、使ったお金くらいは書き留めて行くといいわよ」とアドバイスされた。」(第5話)。

この引用にあるように、家計簿は、婦人之友社や自由学園の創立者である羽仁もと子が、1904(明治37)年に創案したもので、現在も、『羽仁もと子案 家計簿』として刊行され続けています。家計簿は記入の規則があるわけではないので、さまざまの様式が存在します。羽仁もと子家計簿の特徴は、「予算」のあることとされています。「予算」を基礎に、費目ごとに支出を記帳することで、「家庭の経済を健全にし、真に確かなものとする」、そのことを通じて日々の「生活を問い直す力」をつけていく、これが羽仁もと子家計簿の特徴だというのです。敗戦後の1946(昭和21)年6月、雑誌『婦人之友』は「家計簿をつけ通す同盟をつくりませんか」と呼びかけ、以後、同盟会員は、毎月家計簿の数字を『婦人之友』に送り続けることになります。集計数字は、その後半世紀にわたって『婦人之友』に掲載され、同盟会員の「生活の質の向上」に寄与したとされています。

じつは、家計簿は家計調査にも使われています。家計調査は、「全国の世帯の収入や支出、貯蓄・負債を調査し、社会・経済政策のための基礎資料を提供する」(総務省統計局)ことを目的に行われているものです。家計調査は、戦前も、「社会問題解決のための基礎資料を得ることを目的」に、内閣府統計局によって行われていましたが、現在のような方式で調査が行われるようになったのは、戦後1946(昭和21)年からのことです。最初は、GHQの指令に基づいて「消費者価格調査」として始まり、1953(昭和28)年から名称が「家計調査」となりました。その後、調査世帯数、調査市町村数を拡大したり(1962年)、費目分類を変えたり(1981年)、単身世帯の調査を始めたり(1995年)、調査項目を拡充したり(2002年)といった改訂を行って、現在に至っています。

調査は、標本調査で、層化3段抽出法という方式をとっています。まず、国勢調査の結果を使って全国市町村から168の市町村を選び、次にその中から1,400の調査地区を選び、さらに調査地区から9,000世帯を選びます。この9,000世帯に、家計簿と、年間収入調査票、世帯票、貯蓄等調査票を配り、これに記入してもらいます。家計簿は、2人以上の世帯は6カ月間、単身世帯は3カ月間、毎日継続して記入し、調査員が半月ごとに回収します。

家計調査に使う家計簿は、一般に使われている家計簿といくつかの点で異なっています。大きな違いの第一は、費目分類がなく1件ごとにすべてを記載すること、違いの第二は、一部の品目について、支出金額だけでなく購入数量も記入することです。調査に選ばれた世帯は大変な作業を毎日行うことになりますが、回収した膨大な調査票は月2回総務省統計局に送られて集計され、「家計調査報告」(月報)、「家計調査年報」として公表されます。

こうして公表された家計調査は、消費者物価指数作成のためのウエイト算出に利用されるほか、税率や所得控除、生活保護基準や各種年金・医療制度などの経済政策の基礎資料、需要予測、給与ベースの算定、国民経済計算、公共料金の改定など、幅広く利用されています。

ただ、家計あるいは家計調査は、現在、新しい課題に直面しています。ダブルインカムのひろがり、住宅ローンや保険といった家計の長期化、カード払いの普及による支出と収入の時間的乖離、介護サービス・保育サービスなどこれまで私的労働であった領域の市場化=費用化、そして高齢社会。家計のあり方そのものが大きく変化している現状のもとでは、個別の家計管理も、政府による家計調査も新たな方法と工夫が求められているといえましょう。

学長  伊藤 正直