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【学長通信】円の力、ドルの力

学長通信

テレビやSNSのニュースをみていると、毎日のように円ドルレートや円ユーロレートの記事が出てきます。例えば、2022年7月14日の日本経済新聞では、「円ドルレートは138円72銭、昨日に比べて1円68銭の円安」といった具合です。2022年1月の円ドルレートが114円84銭、2021年1月が103円70銭、10年前の2012年1月が76円94銭(日本銀行調べ)ですから、この10年ほどの間に、ずいぶん円安が進んだことになります。

76円から138円となったことを円安というのはちょっと違和感があるかもしれません。でも、これまで76円出せば1ドルの商品を購入できたのが、138円出さないと購入できなくなったと考えれば理解できるでしょう。つまり、ドルの値うちが上がり、円の値うちが下がったから、これを円安というのです。その逆は円高です。

現在では、日本の為替レートは、毎日動いています。これを変動相場制といいます。しかし、ずっと変動相場制だったかといえばそうではありません。1871(明治4)年の新貨条例では1ドル1円、1897(明治30)年の貨幣法制定のときは1ドル2円(正確には100円=49ドル9/16)、二次大戦末期の頃は1ドル4円25銭、敗戦後、一切の対外取引が停止されたのち、GHQ占領下の1949(昭和24)年4月に1ドル360円の固定レートが決定され、1971年8月まで20年以上にわたって1ドル360円の固定レートが続きました。

戦前の時期1897年から1931年までは、ほぼ固定相場の時代が続いたのですが、この時期に為替レート決定の基準となったのは金価格でした。一定量の金のドル表示公定価格と円表示公定価格とが釣り合うように為替レートが決められました。これを金平価といい、主要国がこれを採用したので、この時期を国際金本位制時代と呼びます。第二次大戦後は、連合国間で国際通貨体制をどうするかの会議が開かれ、ドルを基準として各国通貨を結びつけるIMF体制がスタートしました。会議が開かれた場所の名前を取って、ブレトン・ウッズ体制とも呼びます。日本は1952年8月、第53番目の加盟国としてIMFに加盟します。占領終結後のことで、この加盟により日本の為替レートは国際システムに公的に組み込まれます。

1ドル360円という為替レートは、高度成長期には安定的に維持されました。この状況を一変させたのが、1971年8月のニクソン・ショックすなわちアメリカの金ドル交換停止でした。ドルへの信認は、アメリカがいつでもドルと金を交換することで成り立っていたので、この交換停止は、基準喪失として国際金融市場を大混乱に陥れました。ブレトン・ウッズ体制の崩壊です。国際会議が何回か繰り返され、固定相場制への復帰が図られましたが、結局、それらの試みはうまくいかず、1973年から為替レートは、変動相場制へと移行します。そして、この制度が現在まで続いているのです。

では、毎日動いている為替レートは、どのようにして決まるのでしょう。じつは、これはかなりの難問で、現在でもいくつかの考え方が併存しています。昔からある議論で有力だったのは、購買力平価説、需給説、国定説などでした。

購買力平価説というのは、2国間それぞれの通貨の購買力の比率で為替レートが決まるというものです。例えば、日本の消費者物価指数とアメリカの消費者物価指数の両者の比率をとり、基準年次の為替レートにこれを掛けると比較時点の為替レートが決まるという考えです。ただ、これも基準年次をいつに取るか、比較する物価を消費者物価にするか、企業物価にするか、輸出物価にするかなどによって、出てくる数値は大きく異なり、実務的には使いにくい面があります。

需給説というのは、日々の外国為替市場における円とドルの売買で、円買いが多ければ円高に、少なければ円安になるという考え方で、シンプルですが、これも現在のように、直物(スポット)だけでなく、フォワード、オプション、スワップなど、実需ではない取引が輻輳(ふくそう)するとその相互関係をみることが難しくなっています。国定説は単純で、基準がないので、為替レートは、国家(国王、政府)が決めた基準で決まるしかないというものです。

これらの議論は、現在でも、部分的には引き継がれています。現在、有力な考え方は、フロー・アプローチとアセット・アプローチといわれるものです。フロー・アプローチは、国際的な取引を経常収支、資本収支、金融勘定のそれぞれからみつつ、経常収支の不均衡があるとき、これを調整するように為替レートが動くという考え方でした。しかし、国家間の資金移動の大きな割合が、経常取引つまり財やサービスの取引より、金利差やリスクを媒介にした長短の資本移動や金融取引に移ってしまったため、これにかわる理論が必要となりました。

こうして登場したのがアセット・アプローチです。フロー・アプローチが一定期間の取引量で為替レートが決まるとするのに対し、ある時点のそれぞれの外貨資産保有額の比率で為替レートが決まると考えるのです。この考え方にもいろいろなタイプがあります。自由な資本移動を前提に通貨市場における資産の均衡するところで為替レートが決まるという考え方(マネタリー・アプローチ)や、ある時点での金融資産の選択の割合から為替レートをみようという考え方(ポートフォリオ・バランス・アプローチ)などがあります。金融商品(外貨金融資産)の選択が、金利差や様々なリスク(為替リスク、流動性リスク、信用リスク、インフレリスクなど)に対する予想から、外貨資産保有額を決めていくというものですが、人々の予想は必ずしも市場で一致しませんから、為替レートの予測は本当に困難です。

膨大な国債残高を抱え、その半分を日本銀行が保有しているという日本の現状は、政策金利や市場金利をきわめて動きにくくしています。しかも、日本経済の基礎的力が弱化していると世界が見ているなかでは、しばらくは「悪い円安」が続くと考えざるをえないでしょう。

学長  伊藤 正直