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【学長通信】国の予算

学長通信

先月に続いて、国の予算の話をもう少し。毎年1月に開催される通常国会は、予算国会とも呼ばれます。その年の4月から翌年3月までの国の予算(歳入と歳出)を、この通常国会で決めるからです。国会での予算の議決は、毎年(毎会計年度ごとに)行われています。「予算単年度主義」という原則があるからです。この原則は、憲法第86条が「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」としていることに由来しています。憲法が、なぜこの規定を設けているかといえば、財政に対する民主的なコントロールを確保する必要性からです。

「国会の予算審議権」がこれにあたります。民主的に選挙された国民の代表である国会議員が、その年度の歳入や歳出を決めることにより国民の負託に応える、これが民主主義的な財政統制の在り方であるという考え方です。こうして1会計年度の予算が決まります。一般会計では、その年度に行われる国の施策が、全体として網羅通観できるように、単一の会計で一体として経理することと定めています。これを「予算単一の原則(単一会計主義)」といい、財政の健全性を確保するために必要とされています。何年も先までのお金の使い道まで決めてしまったら、翌年や翌々年の予算審議権を国会から奪うことになるからです。

「予算単年度主義」とセットになっている考え方に、「会計年度独立の原則」があります。財政法第12条は「各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない」と規定し、同法第42条は「繰越明許費の金額を除く外、毎会計年度の歳出予算の経費の金額は、これを翌年度において使用することができない」と規定しています。会計年度の設けられた趣旨は、「予算単年度主義」のところでみたように、1会計年度の歳入歳出の状況を明確にし、財政の健全性を確保することにあります。従って、その期間に起こった歳入歳出はすべてこの期間内に完結し、他の年度に影響を及ぼさないようにすることが原則となります。もし、歳入予算が不足しても、その不足は歳出の節約等によって補われるべきであり、次会計年度の剰余や歳入増を見越して歳出を執行してはならないということになります。

これが、近代国家、民主制国家における国家予算の原則です。「予算単年度主義」、「会計年度独立の原則」はこうしたものです。しかしながら、あらゆる場合にこの原則が貫徹できるかといえば、そうではありません。原則通りに処理すると、逆に不経済または非効率となる場合もでてきます。例えば、台風や震災、最近のコロナ禍のために年度内完成の予定だった工事が完了しないことも起きるでしょう。あるいは、高速道路・高速鉄道の工事、情報システム開発など、完了まで複数年度かかる場合もあるでしょう。こうした場合、複数年度分を一括して契約した方が効率的な場合もあります。こうした要請に備えて、財政法では、①歳出予算の繰越、②国庫債務負担行為、③継続費の3つを単年度主義の原則を緩和する制度として設けています。この3つは、それぞれ財政法でその内容や範囲が厳格に定められており、その原則に従って執行されています。

もっと大きな問題もあります。日本が近代国家としての歩みを始めたのは、西欧諸列強の帝国主義の時代でした。日本は、後発資本主義国であって、先進諸国に追いつき追い越せと、当初から国家が経済過程に積極的に介入しました。この目的を達成するために、明治政府は国家財政に一般会計とは区分した特別会計を設置しました。明治政府は当初から「安価な政府」ではなく「大きな政府」だったのです。

まず、1890(明治23)年の第1回帝国議会では、33個の特別会計が設置されました。その後、特別会計は順次増加し、戦前には累計すると65個もの特別会計が設けられました。例えば、官営八幡製鉄所を維持・運営するための製鉄所特別会計、食糧管理のための米穀需給調節特別会計(食糧管理特別会計)、軍事関係施設の海軍工廠資金特別会計や陸軍造兵廠特別会計、戦争遂行のための臨時軍事費特別会計、植民地経営のための台湾総督府特別会計や朝鮮総督府特別会計、高等教育機関のための帝国大学特別会計などです。これらは、一般会計とは異なって、1年を1会計年度とはしていません。例えば、臨時軍事費特別会計は、戦争の開始から終結までを1会計年度としています。

第二次大戦後、新たに財政法が制定され、特別会計はいったん整理されます。その後財政需要の拡大と行政の多様化に伴い、再び特別会計の新設と改廃が行われ、1966(昭和41)年には戦後最大の45個となりました。戦後高度成長のなかでの特別会計の増加で、融資特別会計としての産業投資特別会計や資金運用部特別会計、事業特別会計としての特定道路整備事業特別会計や空港整備特別会計、管理特別会計としての食糧管理特別会計や外国為替資金特別会計などが大きな役割を果たしました。その後、高度成長の終焉とともに特別会計は減少し、1985(昭和60)年度の特許特別会計以降、2012(平成24)年度に東日本大震災復興特別会計が設置されるまで、特別会計の新設はありませんでした。2021(令和3)年度には、経過的なものも含めて13の特別会計が設置されています。

整理されてきたとはいえ、現在でも特別会計の予算額は結構大きなものです。令和3年度当初予算の特別会計歳出総額(各特別会計の歳出予算額を単純に合計したもの)は493.7兆円(対前年比+101.9兆円)で、内訳は、国債整理基金特別会計246.8兆円、年金特別会計96.5兆円、財政投融資特別会計72.6兆円、交付税及び譲与税配布金特別会計51.8兆円などとなっています。特別会計でも、国債整理の部分が最も大きいのです。この歳出総額には、会計相互間の重複計上額が含まれているので、これを差し引くと、歳出純計額は245.3兆円(対前年比+48.5兆円)となり、内訳は国債償還費99.7兆円、社会保障給付金73.3兆円、財政融資資金への繰り入れ45.0兆円、地方交付税交付金19.8兆円、復興経費0.8兆円、その他6.6兆円となります。純計でも同様に、最大の項目は国債整理です。

なぜ、こんな面倒なしかも面白くない話をしてきたかといえば、わが国の国債発行をめぐる議論が、あまりにも目先の視点、現状の視点だけからなされているからです。赤字国債発行の是非をめぐる積極財政派と財政再建派の対立といわれるものも、ほとんどがそうした議論です。大切なことは、民主国家における国家財政についての基本的考え方です。なぜ「予算単年度主義」という原則があるのか、「会計年度独立の原則」があるのか、赤字国債発行の是非は、ここを出発点とすべきなのです。

学長  伊藤 正直