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【学長通信】国の借金―国債の話

学長通信

2021年の日本政府債務残高の対GDP比は263%でベネズエラに次いで世界2位、3位はギリシャの199%です。他のG7諸国をみると、イタリア151%、アメリカ133%、フランス112%、カナダ112%、イギリス95%、ドイツ70%ですから、いかに日本の政府債務残高が大きいかわかります(IMF, World Economic Outlook 2022.4)。政府債務の中心は国債で、2021年度末の国債残高は金額では1074兆円、国民一人当たりでは800万円以上の借金を負っていることになります。

国債は、国の借金です。毎年、国は1年間の収入と支出(国の場合、これを歳入と歳出と呼びます)を想定して予算を立てます。例えば、2022年度予算でみると、一般会計歳出総額は107.6兆円で、内訳は社会保障費36.3兆円、公共事業費6.1兆円、文教及び科学振興費5.4兆円、防衛費5.4兆円、地方交付税交付金15.9兆円、その他14.3兆円で、これに国債費24.3兆円が加わります。つまり歳出の約23%が過去の借金の返済と利息に充当されることになっているのです。この歳出に見合う歳入の方は、所得税20.4兆円、法人税13.3兆円、消費税21.6兆円、その他税収9.9兆円、その他収入5.4兆円、合計70.7兆円で、不足分の36.9兆円は借金つまり公債金でまかなうことになっています。いいかえると、支出の約4分の1は過去の借金の返済で、歳入不足を補うために新たに収入の約3分の1は借金せざるをえないという構図になっているのです。赤字公債の発行です。

毎年の収入不足を補うために借金をする、さらに、以前の借金を返すための借金もする、いったいいつからこんな状況になってしまったのでしょう。日本の政府債務残高の対GDP比でみる限り、借金が一気に増えたのは、1990年代に入ってからです。80年代には50~70%だったこの比率は、90年代に入ると急激に右肩上がりになりました。90年代以降の分析が重要だということになりますが、赤字公債の発行という点から考えると、もう少し遡る必要があります。

第二次世界大戦の敗戦後、日本は激しいインフレーションに見舞われました。1934年頃の消費者物価指数を1とすると、1949年にはその指数は270にもなったのです。当時、日本銀行は、この激しいインフレーションは、「戦時中の膨大な軍事費の支出に伴う財政資金の赤字を日本銀行引き受けによる国債発行によって補填し‥‥これに伴って通貨も膨張していった」(日本銀行「戦後における日本銀行の信用政策」昭和25年1月)ためとしています。この反省に立って、戦後制定された財政法は、第4条で国の歳出は原則として国債又は借入金以外の歳入をもって賄うことと、赤字公債の発行を禁じ、第5条で、すべて、公債の発行については、日本銀行にこれを引き受けさせ、又、借入金の借入については、日本銀行からこれを借り入れてはならないと、公債の日銀引受を禁じました。

このため、戦後しばらくは長期国債の発行は行われませんでした。長期国債の発行が再開されたのは、1965年の証券不況の時で、単年度限りの特別の法律を作って(財政特例法)赤字国債の発行が行われました。その後、高度成長が終わった1970年代に入ると、毎年予算国会で財政特例法が制定され、赤字国債の発行が常態化します。さらに、1990年代に入ってバブルが崩壊し、中小金融機関の破綻に始まり、巨大証券会社や都市銀行、長期信用銀行の破綻が相次ぎました。金融不安の継続のなかで、歳入不足が恒常化し、90年代半ば以降、ほぼ毎年20兆円以上の国債発行が続いたのでした。

こうして現在では国債残高は、1000兆円以上に達しました。この国債は、誰が保有しているのでしょう。日本銀行「資金循環統計」によれば、2021年末時点の国債残高1074兆円のうち、日本銀行保有分が516兆円48.1%、銀行や生損保等が373兆円34.7%、公的年金・年金基金が76兆円7.1%、海外が85兆円7.9%で、家計は13兆円わずか1.2%に過ぎません。最大の保有者は日本銀行で、次いでいわゆる機関投資家です。財政法で、日銀の国債引受は禁止されていますから、最初の保有者から日銀が買い取ったことになります。逆からみると、いつでも日銀が買い取ってくれるだろうという期待があるから、銀行などが国債を購入し続けているとも言えます。

では、こうした状態はいつまで持続可能なのでしょう。国債は政府の借金です。借金ですから返さなくてはなりません。現在の自転車操業は、次の世代に返済の負担を先送りしていることになります。現在、欧米では、金融引締め、金利引上げへの転換が徐々に図られています。日本でも、もし現在のゼロ金利政策からの離脱が図られれば、すでにある国債の流通価格は下落することになるでしょうし、新規の国債も金利をあげないと発行できなくなります。最大の保有者である日銀のバランスシートにも、資産減価による悪影響が避けられません。

しかし、他方で、かつてのギリシャや中南米諸国とは異なって、日本の場合は、これまで通り国債発行を継続しても大丈夫だという議論もあります。その根拠として、いろいろなことが言われています。例えば、①国債保有者は大部分が国内なので、資産と負債は国内で相殺できる、②政府債務は大きいが政府の金融資産も結構ある、③家計の金融資産は1900兆円もある、④対外純資産が巨額にあり日本に対する信認は簡単には揺るがない、といった主張です。

とはいえ、計表上の見合いで、これらの資産を捉えることは必ずしも正しいとはいえません。その多くは、債務を減らすためには使うことができないからです。また、国際市場で日本国債の格付けが引下げられるという事態も発生しています。主要国のなかで経済停滞が長く続いているわが国は、産業の新陳代謝を促進し、社会を持続可能にしていく方向を明示することが必要です。そのためには、政府財政の投入分野を戦略的に明確にするだけでなく、赤字国債発行ゼロへの見通しを明示し、将来世代が安心して社会活動に参画できるようにしなくてはなりません。

学長  伊藤 正直