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【学長通信】「シュウカツ」を考える

学長通信

3月に入って就職活動が本格化する時期がやってきました。政府と経団連の協議によって、昨年度と同様に、3月採用情報の解禁、6月採用選考活動の解禁、10月内定決定の解禁というスケジュールが決められているためです。ただし、すべての企業が、このスケジュールに沿って採用活動を行っているわけではなく、外資系企業や一部マスコミ企業、経団連非加盟企業などでは、すでに採用活動を開始しているところも結構あります。

学生の側も、3年(短大の場合は1年)夏ごろから、サマー・インターンシップに応募したり、企業の開催するイベントや説明会に参加したりしています。この2年間のコロナ禍のなかで、企業の採用活動がオンラインで行われることが多くなり、学生も対応に苦慮していますが、3月の解禁以前に、事実上の「シュウカツ」が始まっているといってもいいでしょう。

採用スケジュールがこのようになったのには、かなり長い歴史があります。出発点は、1970年代のいわゆる「青田買い」です。当時、どんどん採用決定時期が早まり、3年の秋にはもう内々定をだすといったことが頻発したのでした。これでは、きちんとした大学教育ができないというので、当時の労働省(現 厚生労働省)、日経連(現 経団連)、大学の間で、採用選考開始日時の設定に関する申し合わせ(就職協定)がなされました。これが採用スケジュール設定の始まりです。

ただ、協定は紳士協定であったため、なかなか実効が上がらず、企業の採用活動開始時期は、その後も前後しました。このため、経団連は「採用選考に関する企業の倫理憲章」(1997年)、「採用選考に関する指針」(2013年)などを決めて、採用活動のルール化を図ります。しかし、2018年には、経団連会長がこの指針廃止の意向を表明するに至り、こうした採用方式が今後どうなるかは、現在では不透明になっています。

高度成長期以降、日本では、ほとんどの企業が、労働者の採用を新規学卒者から行ってきたし、現在も行っています。ただ、こうした採用の仕方、すなわち、新卒という特定の時期と年齢層に限定して企業への入口とする仕方は、世界的にみて圧倒的に少数です。新卒採用に対応する言葉は中途採用ですが、この表現も日本独自です。これらは、日本型雇用、日本型経営と呼ばれる独特の雇用システムに由来しています。

「多くの学生は、入社してから自分がどのような職務に就くのか、入社前にはほとんどわからない」。「シュウカツ」をする際、会社について調べることはあっても、そこでの職種について調べることはない。医師になる、弁護士になる、教師になる、管理栄養士になる、そういった特定の資格を必要とする職種に就くことを希望するもの以外は、現在でも、こうした学生がほとんどではないでしょうか。採用する会社側も、「入社前に学生が担当する職務に必要な勉強や準備をすることを期待してない。むしろ、入社後にOJTやOff-JTにより職務能力をつけることの方を重視している」。会社での勤続年数が増えるに従って給与が上昇する年功型賃金、生活給体系は、この考え方に適したものでした。

こうした日本型雇用の特徴を明快に説明する概念に、「メンバーシップ型」と「ジョブ型」という区分があります。この用語を最初に提示したのは労働政策研究・研修機構労働政策研究所長 濱口桂一郎です(濱口『新しい労働社会-雇用システムの再構築へ』2009年、同『ジョブ型雇用社会とは何か-正社員体制の矛盾と転機』2021年)。濱口は、雇用、賃金、労使関係の3点から両者を比較して次のようにいいます。

まず、雇用。ジョブ型では職務を特定して雇用するので、その職務に必要な人員のみを採用する。必要人員が減少すれば雇用契約を解除する。これに対しメンバーシップ型では職務が特定されていないから、必要人員が減少しても他の職務に異動させて雇用契約を継続する。次に、賃金。ジョブ型では、契約で定める職務毎に賃金が決まっている。ヒトに値札が付いているのではなく、職務=ジョブに値札が付いている。これに対し、メンバーシップ型では、契約で職務が特定されていないので、職務と切り離したヒト基準で賃金を決めざるを得ない。最後に労使関係。ジョブ型では、団体交渉や労働協約で職種毎の賃金を決定する。従って、労働組合は職業別ないし産業別になる。これに対し、メンバーシップ型では、賃金は職務では決まらない。労働組合は企業ごとの総額人件費の増分としての賃金アップを要求する。従って、労働組合は企業別になる。

こうしたメンバーシップ型の雇用システムが日本型雇用の特徴で、これは1960年代の高度成長期にほぼ確立し、1980年代、ジャパン・アズ・ナンバーワンと称された時期に最盛期を迎えたとされています。その後、1990年代に入りバブルが崩壊し、日本企業の国際競争力が次第に失われていくなかで、この日本型雇用システムについての見直しが提起されるようになりました。学卒新規一括採用という形式は維持されながら、その内実が変化してきたのです。2018年6月に成立した働き方改革関連法は、正社員長時間労働の是正、正社員と非正規の格差是正、男女格差の是正などを重点課題としながら、メンバーシップ型からの脱却を求めています。しかし、転勤も残業も単身赴任もOK、会社内での職務異動も自由という枠組みを維持しながらメンバーシップ型からの脱却を図れば、無秩序な何でもありの社会を登場させかねません。

移行期の矛盾は、女性の雇用の側において顕著です。これまで日本型雇用の枠組みの一つとなっていた、総合職と一般職という区分のなかで、女性採用の軸となってきた一般職の募集が急減しました。急減した一般職を代替しているのは、現実には非正規雇用の女性たちです。1980年代半ばに600万人程度であった非正規雇用労働者は、現在では2000万人を超え、非正規の占める割合は37%に達しました。なかでも非正規は女性が多く、厚生労働省調査では、働く女性の過半(54%)が、非正規の職員・従業員です。

ワークライフバランス、あるいはワークライフインテグレーションといった言葉が飛び交っています。女性総合職が企業のなかで位置づけられるようになったというものの、総合職にこれまで要求されてきた無限定の働き方と、家事・育児とくに育児に対する偏った女性負担という二重負担をどう解決するのか、会社の側がそれをどう考えているのかを具体的に問いながら、「シュウカツ」を進めていって欲しいと思います。そのために大学側では何ができるのか、何をしなくてはならないのか。大きな課題と自覚しています。

学長  伊藤 正直