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【学長通信】女性科学者の伝記を読む

学長通信

まだ子供の頃でしたが、小学校の図書室に行くと児童向け伝記本のコーナーがありました。どの小学校にもあったのではないかと思います。科学者の伝記が好きだったので、借り出しては読んでいたのですが、そこで取り上げられている人たちは、ほとんどが男性でした。地動説のガリレオ、万有引力のニュートン、進化論のダーウィン、発明王のエジソン、相対性理論のアインシュタインなどなど。女性は、二度のノーベル賞に輝いたマリー・キュリー以外にはなく、科学者以外に眼を広げても、ヘレン・ケラー、ナイチンゲール、紫式部くらいしか配架されていませんでした。

女性が科学それも自然科学を専門的に学ぶことが許されなかった時代が長く続いてきました。その背景には、女子の高等教育進学率が最近まで先進国でも低かったこと、雇用・昇進や社会規範において女性差別が続いてきたこと、性差別に加え、人種差別や経済格差などが加重したことなどがありました。しかし、そうした状況は20世紀の半ば以降、徐々に変化し、現在では、女性の大学進学率は、多くの先進国で男性を上回るようになり、数学、理学・工学、医学・薬学、情報など、広い意味での理系分野で活躍する女性も数多くなっています(残念ながら、日本では、その割合は現在でも、お隣の韓国や中国よりも低いのですが)。

そうした女性科学者たちの先駆者的な活動を紹介した本が、最近相次いで翻訳出版されました。一つは、レイチェル・イグノトフスキー『世界を変えた50人の女性科学者たち』(創元社、2018年)、もう一つは、キャサリン・ホイットロック/ロードリ・エバンス『世界を変えた10人の女性科学者』(化学同人、2021年)。前者は、見開き2頁で一人の業績を紹介したもので、中高生向け。後者は、20世紀に活躍した10人の女性科学者の生涯を、その研究だけでなく、家庭生活や社会との関わりも含めて詳しく紹介したものです。

後者の本で、取り上げられている10人は、ほぼ全員が20世紀に活躍した女性たちで、名前をあげると、ヴァージニア・アプガー(小児科・麻酔科医師)、レイチェル・カーソン(生物学者・作家)、マリー・キュリー(物理学者・化学者)、ガートルード・エリオン(生化学者・薬理学者)、ドロシー・ホジキン(化学者・結晶学者)、ヘンリエッタ・リービット(天文学者)、リータ・レーヴィ=モンタルチーニ(神経学者)、リーゼ・マイトナー(物理学者)、エルシー・ウィドウソン(化学者・栄養学者)、呉健雄(物理学者)となります。マリー・キュリーとレイチェル・カーソン以外は、一般の人たちにはほとんど知られていないのではないでしょうか。

本書の「はじめに」で、著者たちは、次のようなことを述べています。「『オックスフォードの主婦がノーベル賞を受賞』、今ならば差別的表現として引っかかるはずだ。‥1964年、デイリーメール紙に先のような見出しをつけられたドロシー・ホジキン‥本当のところは、とりこになったテーマに無我夢中で向かい、結婚生活は時に生やさしくはない状況にも陥ったが、自分としてはおおむねつつがなく過ごしたということなのだろう。3人の子供を生み、関節リウマチで体が不自由になりつつも、人道主義の立場から世界を股にかけた活動も続けた。ドロシーにとってはどれも決して特別のことではなかった。だから筆者らは迷わず彼女を10人のなかのひとりに選んだ。ほかの人選については少々時間をかけた。子供を生んだ人物を選んで、女性はすべてを手に入れることができるとほのめかす必要はあるだろうか。あるいは、取り組んでいた科学が本人のなかで何をおいても大事にしたいことだったのだろうか。家庭生活を調べ上げたところで、それは彼女たちの科学を巡る物語の一面にすぎないだろう。いろいろ迷ったが、本書では研究人生に焦点を当てることにした」。

こうして取り上げられた10人の研究人生は十人十色ですが、共通しているのは「幼い頃からのあくなき知識欲、粘り強さ、正確な実験操作、知的なものに対する集中力、信念を曲げない気性、そして洞察力」でした。また、「研究人生に焦点を当てる」としながらも、女性ゆえに受けた冷遇や社会規範の押し付けについても、ときに筆が及んでおり、社会との関わりのなかでしか研究の営み、女性の社会的活動がありえないことを気づかせてくれます。

例えば、「はじめに」でもふれられたドロシー・ホジキンは、X線構造解析により、1945年にペニシリン、56年にビタミンB12、69年にインスリンの分子構造を決定し、前2者の功績で64年にノーベル化学賞を受賞します。しかし、これらの成果は順風満帆に達成されたわけではありませんでした。オックスフォードに入学した1920年代末になっても、女性に学位を授与するようになったのは、その数年前からだったし、講義で女性を排除している科目もありました。また、当時イギリスにはマリッジ・バーという制度があり、結婚すると仕事を諦めることとされていました。出産で無給になる危険もありました。出産直後から、長く関節リウマチに苦しめられました。こうした困難を、ドロシーは一歩一歩乗り越えていき、オックスフォードで有給の出産休暇を取った初めての女性となりました。また、彼女が大学教授の職を得たのは、50歳となってからでした。ほかの9人の研究生活も、決して聖人列伝ではなく、彼女たちが直面したさまざまな困難が、率直に淡々と描かれています。

この本を読み進んでいくなかで、アン=マリー・スローター『仕事と家庭は両立できない?「女性が輝く社会」のウソとホント』(NTT出版、2017年)がアタマをよぎりました。スローターは、プリンストン大学ウッドロー・ウイルソン公共政策大学院院長を務めているとき、ヒラリー・クリントン国務長官の要請で、国務省政策企画本部長に就任しますが、中学生であった長男の停学、逮捕などの家庭問題に直面し、2年間で本部長を辞任し、プリンストン大学に戻ります。この本は、その経験を語ったものです。

「1970年代に青春を送り、女性運動に影響を受け、女性のチャンスと力と未来を信じて努力してきた私」、「フルタイムのキャリアを持ち、男性と同じペースで出世の階段を上り、同時に家庭の世話をして活発な家庭生活を送る(しかも完璧な体形を維持して頭のてっぺんからつま先まできれいにしておく)ことができなければ、それはあなた自身のせいだとほのめかしている」私。「そんな考え方はおかしい」と思うようになった経緯が、自分自身の経験に照らして詳しく書かれています。

「(女性)は必死に仕事に打ち込んでいればすべてを手に入れることができる」、「協力的な相手と結婚すればすべてを手に入れることができる」、「順番を間違えなければすべてを手に入れることができる」という決まり文句から「女性神話のウソとホント」が、次いで「男性神話のウソとホント」が、さらに「職場のウソとホント」が検討されていきます。「仕事と家庭の両立を困難とする」のは「女性の問題」ではなく「職場と社会の問題」であることの発見のプロセスです。ぜひ両書を手に取ってほしいと思います。

学長  伊藤 正直

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