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【学長通信】なぜ疑似科学がはびこるのか?

学長通信

今年に入って、SNS上で陰謀論という言葉が飛び交っています。きっかけは、2021年1月6日に起きた、アメリカ合衆国議会議事堂襲撃事件でした。アメリカの巨大匿名掲示板4chanに登場したQアノンと呼ばれる人物が、トランプ支持、民主党批判のさまざまな根拠のない陰謀論を連続的に投稿し(その投稿数は、2020年12月までの約3年間で4,953回にも上ったといわれています)、それを信じた人々が、選挙に不正があるとして議会議事堂に乱入したのでした。

Qアノンの投稿には、古代アトランティス、大洪水から、ロスチャイルド、フリーメイソン、シオンの賢者議定書、軍産複合体、など、「隠された歴史」と称するありとあらゆるものが詰め込まれています。そして、表の世界では認められていないが、隠された真実は歴史を論理一貫してたどれば自ずと現れてくるというメッセージが強く出されます。間違った認識は計画的・系統的に提供されており、そうした間違った認識を強要する組織が存在する。その組織に対する闘いを遂行することで、正しい認識にたどり着き、真実の世界を実現することができるというのです。

このQアノン派の言説の一つに新型コロナウイルス感染症の否定がありました。「コロナ感染が拡大している」、「コロナ感染は深刻だ」というデマを、民主党や専門家が流すことで、経済を停滞させ、大統領選を有利に進めようとしているというのです。日本のTVでもしばしば放映された米国立アレルギー・感染症研究所長のアンソニー・ファウチは、陰謀団体ディープステートの一員であり、トランプ大統領に対する妨害工作を行っているというキャンペーンがはられたのでした。これは、科学をめぐる陰謀論といってもいいでしょう。

現在、新型コロナウイルスの累計感染者は世界で1億6327万人を超え、死者数も338万人を上回っています(2021年5月18日現在)。米国の感染者数も3299万人、死者数も60万人に達せんとしています(同前)。こうした事実があるにもかかわらず、マスク拒否、検査拒否、ワクチン拒否、3密は何の問題もないという人々が、米国には一定数存在し、新型コロナウイルス感染症の重篤性を否定し続けてきたのです。

なぜ、こうしたことが起きるのでしょう。陰謀論は、これまでは、主として政治・経済あるいは歴史・宗教を対象とするものでした。科学をめぐる陰謀論はほとんどありませんでした。それは、科学ないし科学的方法に対する信頼を人々が持っていたからでしょうか。そうではないでしょう。古くは、錬金術、超能力、オカルトから、ニューサイエンスまで、科学をうたいながら科学を否定する流れは、ずっと存在してきたからです。これらは、疑似科学と総称されています。科学をめぐる陰謀論の登場は、この疑似科学と関係があるように思います。

かなり前になりますが、宇宙物理学者の池内了に『疑似科学入門』(岩波新書1131、2008年)という本があります。そこでは、疑似科学を3種類に分類しています。第1のタイプは、「現在当面する難問を解決したい、未来がどうなるか知りたい、そんな人間の心理(欲望)につけ込み、科学的根拠のない言説によって人に暗示を与えるもの。占い系(おみくじ、血液型、占星術、幸運グッズなど)、超能力・超科学系(スピリチュアル、テレパシー、オーラなど)、『疑似』宗教系がある」というものです。主として精神世界を扱っているので、実証も反証も不可能というところに特徴があります。信用する人々に精神の安定を与えてくれます。

第2のタイプは、「科学を援用・乱用・誤用・悪用したもので、科学的装いをしていながらその実体がないもの」。具体的には、①科学的に確立した法則に反しているにもかかわらず、それが正しい主張であるかのように見せかけているもの、永久機関、ゲーム脳、水の記憶など、②科学的根拠が不明であるにもかかわらず、あたかも根拠があるかのような言説でビジネスの種になっているもの、マイナスイオン、健康食品など、科学用語や物理学用語を乱用する、③確率や統計を巧みに利用して、ある種の意見が正しいと思わせる言説、見かけの相関を因果関係としたり、意図的に事実誤認をさせたりする、といったいくつかのサブタイプがあります。こちらは物質世界が対象ですから、科学的用語を乱用し、科学的装飾を満載しています。これらは、科学的合理性を持っていると称する人々、科学を偏愛する一部の人々に、自分の判断の正当性を与えます。「確証バイアス」が働きやすい領域といってよいようです。

第3のタイプは、「『複雑系』であるがゆえに科学的に証明しづらい問題について、真の原因の所在を曖昧にする言説で、疑似科学と真正科学のグレーゾーンに属するもの」。例えば、環境問題、電磁波公害、遺伝子組み換え食品、地震予知、環境ホルモンなどに対する特定の立場からの断言などがここに属します。「複雑系」に属する問題を疑似科学といってよいかどうかは、私は疑問です。著者も「第三種を疑似科学と呼ぶべきかどうかについても異論があるかもしれない」と限定しています。「第三種疑似科学は、これら複雑系にかかわる問題で、それを要素還元主義の考え方で理解しようとすることからくる誤解・誤認・悪用・誤用などを指す」とも述べています。じつは、冒頭に述べたQアノン派の新型コロナ感染症の否定は、この第2のタイプと第3のタイプの混合物といえます。

要素還元主義的方法では解が得られない「複雑系」に関わる問題が数多く顕在化し、科学がそれに取り組まざるを得ない状況が現代だといっていいでしょう。本書でも、「疫学は信用できるのか」という項目を立てて、「疫学は、複雑な現象や原因が不明な現象を前にして、統計調査を通じて可能性の高い原因に絞り込み、未来への対策を提言する試みといえる」と予測不定現象に対して、「予防措置原則」を貫くことを提案しています。

科学が高度化し、複雑化すると、一般の人々、つまり非専門家は、その適否について判断することが困難となってきます。専門家への判断の丸投げが一方で起こります。しかし、他方、SNSの急激な発展と拡大は、こうした領域への非専門家の参入を容易にします。断片的知識や部分的知識のままで、誰もが議論に参入できます。ここから科学への盲信と、そのメダルの裏側としての科学不信・科学否定が起こります。判断の手順がわかること、判断の根拠がわかること。疑似科学からの解放のためには、この透明性を高めていくことがまず必要ではないでしょうか。

学長  伊藤 正直