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【学長通信】図書館・博物館・文書館

学長通信

記録媒体としての「紙」の役割、その歴史について触れたことがあります(『学長通信』2020.10、「『紙』はどうなる?」)。さまざまな出来事を記録した記録媒体が現在まで残されてきた、そして、そのことを論じた調査・研究が数多くしるされてきたからこそ、『学長通信』でそうしたエッセイを書くことができたのですが、では、どうして、そうした記録媒体が残されてきたかといえば、それを保存し、管理し、整理する場所、あるいは組織・機関が歴史的に存在してきたからです。図書館(library)、博物館(museum)、文書館(archives)といった組織がそれです。

現在は、この3者はそれぞれ別個に存在し、その役割も区別されています。図書館は、日本の「図書館法」では、「図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」とされています。図書館は、利用者の種別によって、国立図書館(national library)、公共図書館(public library)、大学図書館(academic library)、学校図書館(school library media center)、専門図書館(special library)、その他の施設に設置される図書館に分けられますが、あらゆる人々が自由に図書館を利用できるようになったのは、この公共図書館の成立によってで、それは19世紀後半のことでした。公共図書館では、「図書館資料の選択、発注及び受け入れから、分類、目録作成、貸出業務、読書案内などを行う専門的職員」として司書を置くことが義務付けられています。

博物館は、日本の「博物館法」では、「歴史、芸術、民俗、産業、自然科学等に関する資料を収集し、保管、展示して教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーション等に資するために必要な事業を行い、あわせてこれらの資料に関する調査研究をすることを目的とする機関(社会教育法による公民館及び図書館法による図書館を除く)のうち、地方公共団体、般社団法人若しくは一般財団法人、宗教法人又は政令で定めるその他の法人が設置するもの」をいうとされています。「博物館法」は、その業務を遂行するために、博物館に館長と学芸員を置くことを義務付けています。もっとも、日本では、博物館は、これまで展示施設ないし教育施設、レジャー施設として位置づけられてきた側面が強かったため、図書館とは異なってその多くが利用料を徴収しています。

文書館のうち公文書館については、「公文書館法」では、「歴史資料として重要な公文書等を保存し、閲覧に供するとともに、これに関する調査研究を行うことを目的とする施設」であって、「公文書館には、館長、歴史資料として重要な公文書等についての調査研究を行う専門職員その他必要な職員を置くものとする」とされています。2009年には、「公文書管理法」も施行され、公文書管理の基本事項が定められています。もっとも、実際にこの法律に基づいて、適切に公文書の管理が行われているかどうかについては、近年、「モリカケサクラ」などとも絡んで、多くの疑念や批判が提出されています。公文書館以外に民間の文書館も数多くあります。企業の内部資料を保存・管理する企業アーカイブ、大学や研究機関の資料を保存・管理する大学・団体アーカイブも数多くあり、最近では、ウェブ上で史資料を保存管理するウェブ・アーカイブも登場しています。

このように、今日では、この3者は別個に位置づけられ運用されていますが、もともとは、この3者は未分化で、同じような性格を持っていました。歴史的には、文字資料を保管し、情報資源として利用したであろうという最初の施設は、紀元前3000年頃のメソポタミアにあったといわれています。考古学上明らかとなっている最も古い図書館は、古代アッシリアのアッシュール・バニパル王の設立した王立図書館で、粘土板の図書約3万枚を集めていたとされています。その後、紀元前3世紀にできたアレクサンドリア図書館の蔵書は40万冊といわれていますし、ルネサンス時代には、多くの都市に大学図書館が誕生し、メディチ家のような裕福な権力者も個人図書館を設置します。20世紀初めには、カーネギーが、アメリカに3,500もの公共図書館を設置します。

アジアのほうに目を向けると、中国では、周・漢以降、古代各王朝の政事記録が档案(「とうあん」あるいは、「たんあん」と読む)館に保管され、これは現代のアーカイブにほかならず、図書館施設の起源ともいうことができます。日本では、大宝元(701)年に国の蔵書管理組織としての図書寮(ずしょりょう)が設けられ、奈良時代末には、公開利用ができる私的図書館として芸亭(うんてい)がつくられました。その後も、綜芸種智院、金沢文庫、足利学校、紅葉山文庫など、各時代を代表する図書施設、資料集積拠点が発展しました。

近代的な図書館思想を日本に初めて紹介したのは、福沢諭吉『西洋事情』でした。「西洋諸国の都府には文庫あり。『ビブリオテーキ』という。日用の書籍図画等より古書珍書に至るまで万国の書皆備わり、衆人来りて随意にこれを読むべし」とあります。こうして、明治政府により、1872年、湯島聖堂の地に文部省書籍(しょじゃく)館が設置され、これが紆余曲折を経ながら、帝国図書館となり、戦後の国立国会図書館へとつながっていきます(高山正也『歴史に見る日本の図書館 知的精華の需要と伝承』勁草書房、2016年)。

この帝国図書館の始まりから終焉に至る過程でのいくつかのエピソードは、中島京子『夢見る帝国図書館』(文藝春秋、2019年)という小説で知ることができます。物語の主人公、戦災孤児だったという喜和子さんと<私>との交流の時々を主軸とし、その間に、上野の森に建設され、現在では国際子ども図書館となっている帝国図書館をめぐる歴史的エピソードが挟み込まれるという形式をとったこの小説は、「真理がわれらを自由にする」という国立国会図書館図書カウンター上部に刻まれている言葉で閉じられています。

現代の図書館、博物館、文書館は、そのいずれもが、知識・記録・文化資源を扱い、これが人々(一般公衆)の「教養、調査研究、レクリエーション」に資することを目的としています。国際図書館連盟(IFLA)は、2008年に、この3者の戦略的連携に必要な「報告書」を発表しました。英国や米国では、すでに図書館法と博物館法が統合されていますし、カナダでは国立図書館と公文書館が統合されました。文化の多様性、地域発展、社会教育の推進のために、この3者の協同・協力関係を強化していこうというのです。世界的には、デジタル・ライブラリー、デジタル・アーカイブスへの動きも急速です。図書館、博物館、文書館のそれぞれの機能を見直し、より有益な組織として機能するようにすることが求められていると思います。

学長  伊藤 正直