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【学長通信】建築を楽しむ、東京建物散歩

学長通信

小さい頃通っていた小学校を訪ねたり、昔住んでいたところに行ってみたりすると、その景色が一変していてびっくりすることがあります。「確か、以前はここにお店があったはずだけれど」とか「この道はこんなに細かったっけ」とか「この商店街にこんなビルはなかったなぁ」とか。ランドマークはさまざまですが、建物やその配置が記憶に残っている人は多いのではないでしょうか。

西欧では、石造建築が多く作られ、地震が少ないこともあって、現在でも、数百年前の街並みをそのまま観ることができます。これに対し、地震大国の日本では、住宅や商店は木造建築が多く、明治の近代化以降、公共建築などでは、レンガや鉄骨、コンクリートなどを使う建物が建てられるようになりますが、それでも、一定期間が経過すると、建て替えが行われます。地震・火事・台風などの災害も、家屋を損傷させます。都市計画や地域整備計画も街並みを大きく変貌させます。久しぶりに訪ねたところが、初めて訪れたところのように思えるのは、そうした出来事のためです。

東京は江戸時代から何度も火災や水害に見舞われただけでなく、近代以降も、戦前は、震災や空襲で多くの建物が失われ、戦後も、東京オリンピックやバブル経済によって、街並みが一変しました。それでも、そうした災害を免れた建物がいくつか残っており、それらの多くは、登録有形文化財(建造物)として、保護・保存されています。登録有形文化財(建造物)の登録基準は、「建築後50年を経過している」もので、かつ「国土の歴史的景観に寄与している」「造形の規範となっている」「再現することが容易ではない」の3つの条件のうち、いずれかに当てはまるものとされており、現在では、全国で1万件以上、震災や空襲の被害に遭った東京都でも400件を超える登録有形文化財があります。さらに貴重なものは重要文化財となり、東京都でも、80件近くの重要文化財指定の建造物があります。

東京都にある重要文化財の多くは、江戸期以前に築造されたもので、寺院、神社、霊廟、宝殿、大名屋敷門、城門などが指定されていますが、近代以降になると、いわゆる西洋建築が登場します。このうちいくつかを紹介すると、日本橋周辺では、日本銀行本店本館(竣工:1896年、設計:辰野金吾、以下同)、三井本館(1929年、トローブリッジ・アンド・リヴィングストン事務所)、高島屋東京店(1933年、片岡安・高橋貞太郎・前田健二郎)など。上野周辺では、国立西洋美術館本館(1959年、ル・コルビュジエ)、旧東京科学博物館本館(1931年、文部省大臣官房建築課)、旧東京音楽学校奏楽堂(1890年、山口半六・久留正道)、国立博物館表慶館(1908年、片山東熊・高山幸次郎)、東京国立博物館本館(1938年、渡辺仁・宮内庁内匠寮)など。丸の内周辺では、東京駅(1914年、辰野金吾)、旧明治生命本社本館(1934年、岡田信一郎)、法務省旧本館(1895年、ヘルマン・エンデ、ヴィルヘルム・ベッグマン、河合清蔵)などを挙げることができます。なお、国立西洋美術館本館と園地は、2016年、「ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-」として世界文化遺産に登録されました。

また、現地保存が不可能となった歴史的建造物を移築し、保存復元した施設として、江戸東京たてもの園があります。中央線武蔵小金井駅と西武新宿線花小金井駅のちょうどまんなか辺り、玉川上水沿いの小金井公園の一角にあります。都内に存在した江戸時代前期から戦後までの文化的価値の高い建物を復元・展示したもので、7ヘクタールの園内は、センターゾーン、西ゾーン、東ゾーンに分けられています。センターゾーンは、園への出入口で、1940年に紀元2600年記念式典のために皇居前広場に設置された式殿(旧光華殿)があり、ここがたてもの園に入る正面改札となっています。

西ゾーンは、江戸時代中期から第二次大戦後まで、10の建築物が並んでいます。江戸時代のものとしては、八王子千人同心組頭の家、名主を務めた豪農の家、広間型の間取りを持つ農家の家があります。明治大正期のものとしては、田園都市構想に沿って建てられた全室洋室の田園調布の家、日本のモダニズム建築を主導した建築家堀口捨己が和洋折衷で建てた小出邸、ドイツ人建築家が建てたデ・ラランデ邸などがあります。昭和期に入ると、洋風写真館、日本を代表する建築家である前川國男の自邸、戦前日本を代表する三井家三井八郎右衛門邸があります。

東ゾーンは、昔の商家・銭湯・居酒屋などが14軒並んでおり、東京下町の風情を再現しています。港区白金(今はおしゃれな街ですが、昔は下町でした)の醤油店、同じく白金台の乾物屋、台東区下谷の居酒屋、足立区千住の風呂屋、文京区向丘の仕立屋、千代田区神田須田町の文房具屋、同じく神田須田町の万世橋交番、神田淡路町の生花店、神田神保町の荒物屋、台東区池之端の小間物屋、江戸川区南小岩の和傘問屋、青梅市の旅籠などで、タイル張りの看板建築あり、人造石洗い出しの洋風建築あり、伝統的な出桁造りあり、銅板片を組み合わせたモダンデザインあり、典型的ともいえるような銭湯ありと、観ていて飽きません。

こうした歴史的建造物、レトロ建築を観て回ることは、建物散歩の楽しみ方のひとつですが、現代建築のさまざまな試みを観て回ることも、建物散歩のもうひとつの醍醐味(だいごみ)でしょう。東京のいたるところでそうした建築に出会うことができますが、例えば、銀座周辺と原宿・表参道周辺を歩いてみると、次の通りです。まず、銀座では、ルイ・ヴィトン松屋銀座店(設計:青木淳、以下同)、Mikimoto Ginza2(伊東豊雄)、TASAKI銀座本店(乾久美子)、東急プラザ銀座(日建設計)、銀座メゾン・エルメス(レンゾ・ピアノ)、GINZA SIX(谷口吉生)、プラダ銀座店(ロベルト・バチョッキ)など。原宿・表参道では、表参道ヒルズ(安藤忠雄)、ディオール表参道(SANAA)、Ao(日本設計)、青山スパイラルビル(槇文彦)、国際連合大学本部施設(丹下健三)、岡本太郎記念館(坂倉準三)、MIU MIU青山店(ヘルツォーク&ド・ムーロン)、根津美術館(隈研吾)、旧マーク・ジェイコブス青山店(ステファン・ジャクリッチ)、日本看護協会原宿会館(黒川紀章)など。

すでに亡くなった建築家もあり、最先端ということはできないかもしれませんが、モダニズムからポストモダニズムへ移行する多様で意欲的な試みを観ることができるでしょう。建物散歩は、用・強・美という建築の3原理を知るとともに、建築を通して人と社会の関係を考える絶好の機会となるのではないでしょうか。

学長  伊藤 正直