【学長通信】グローバル化と自国第一主義と
現代は、グローバル化とデジタル化の時代だといわれています。では、ここで言われているグローバル化とは何を指し、どのような内容を意味しているのでしょうか。グローバル化を、資本・労働・商品・情報の国境を超えた移動の増加にともなう世界各地の相互依存の深化ととらえるとすれば、現代に限らず、大航海時代だった16世紀(第1の波)や帝国主義の全盛期19世紀末(第2の波)にも、その大きな波が存在しました。これらの大きな波と現代のグローバル化は、どこが同じでどこが異なっているのでしょう。2008年のリーマン・ショックを起点とする世界金融危機を検討した際に、現代のグローバル化と金融システムの関連について考えたことがあります(伊藤『金融危機は再びやってくる』岩波ブックレット、2012年)。
すでに、よく知られていることですが、リーマン・ショックとは、アメリカでの住宅バブルの崩壊をきっかけとするアメリカ金融危機が、欧米・中南米・アジアに波及し世界金融危機・世界同時不況となり、その後さらにこれがユーロ危機へと展開していった出来事を指します。アメリカ発の金融危機が世界金融危機へと広がっていったことから、世界経済のグローバル化と金融危機の関係を検討してみたいと考えたのでした。
実際、1980年代以降の経済のグローバル化は、グローバル化の第3の波といってよいほどの大きなものでしたが、このグローバル化をどうみるのかについては、当時から鋭い対立がありました。一方の代表的な見方は、開かれた競争的なグローバル市場の拡大は、貿易や対外投資を増大させ、技術移転を容易にし、雇用機会を拡大することを通して、経済成長と人間の前進を可能にする、というものです。グローバル市場拡大のプロセスで、モノやサービスの交流が拡大し、非効率な部分が縮小し、全体の経済厚生が上昇するという見方です。この考え方を取っていたのは、アメリカ財務省、IMF・世界銀行などの国際機関、多国籍銀行などで、ワシントン・コンセンサスなどとも呼ばれていました。
これと全く反対の見方も、当時強く主張されました。グローバル化が進むことによって、地域経済が破壊され、自立的な地域経済循環が分断され、先進国経済と線で結ばれることによって社会秩序が崩壊していく。豊かな者と貧しい者の格差が広がり、貧困が増加し、最終的には難民が多数発生し、暴力や自然破壊によって社会そのものが壊されていく。グローバル化は先進国及び先進国企業による形を変えた植民地支配である。従って、必要なことは、グローバル化の勢いをとにかく力ずくでもいいから止めることだ、というのです。世界社会フォーラムなどがこうした主張を展開しました。
さらに、このどちらにも与しない見方も提示されました。当時、世界銀行の元副総裁であり、2001年に「情報の経済学」についての功績でノーベル経済学賞を受賞したJ.スティグリッツの主張がその代表的なものといっていいでしょう。「(グローバル化は)イデオロギーの問題ではなく、経済発展の中で不可避的に進行していくものである。多国籍企業の個別的な強欲だけがグローバル化を促進しているのではない。システムそのものが、そういう段階に発展していくのだ」、それゆえ「より貧しい人々、貧しい国々、被支配層にとって、出来る限り矛盾がないようにグローバル化を進めていくべきである」というのです。
当時の経済グローバル化に対しては、このように異なった見方が並立していました。では、実際に、誰が、どのような考え方に基づいて、何をグローバル化していったのでしょうか。主体の問題ではなく、システムの問題だったのでしょうか。ざっとまとめると、この時期のグローバル化には、以下の特徴があったように思われます。
第1は、グローバル化が、先進国、ないし先進国企業、あるいはIMFなどに代表される国際機関の主導によって促進されて来たことです。国民経済の枠組みを超えた資本市場・商品市場・労働市場の国際的再編と再配置は階層性を伴っており、先進諸国や多国籍企業の意向に反する形では進んでいないようにみえます。第2は、グローバル化推進の基礎に、「アングロ・サクソン的新自由主義」という思考様式が強力に存在したことです。歴史をひもとけば、自由主義にもさまざまな考え方が存在してきたことを知ることができますが、当時進行した「自由貿易、規制撤廃、構造改革」は、そのうちの一つの考え方、すなわちアングロ・サクソン的新自由主義が産み出してきたものに他なりません。
第3に、経済のグローバル化の牽引(けんいん)力となったのが、貿易や労働移動といった実体経済の側の動きではなく、金融だったことです。貿易や労働の国境を越えた相互浸透も、この金融の動きと結びついて進んでいます。1980年代のグローバル化は金融グローバル化のことである、といっても過言ではなく、資本自由化を軸とするグローバル化こそが1980年代の焦点だったといえます。こうして、グローバル化の進行のなかで、世界の実体経済が必要とするマネーをはるかに超えるマネーが供給されるようになり、これが金融危機を引き起こし、さらにそれを世界金融危機に展開していく起動力となりました。
それから20年近くが経過し、現在もグローバル化は勢いを減じることなく進行しています。ただし、その推進力は、金融から情報へと転換しているようにみえます。多国籍銀行に代わって、 GAFAM(Google、Apple、Facebook<現Meta>、Amazon、Microsoft)が巨大な影響力を持つようになっているからです。ただし、その源泉にマネーがあるという意味では、1980年代と変わっていないといえるかもしれません。
もう一点注目すべきは、トランプ政権の誕生です。大統領の就任後、わずか一週間の間に30を超える大統領令への署名を行ったばかりか、その後も次々と署名を拡大し、政策の大幅な転換を進行させています。メキシコ、カナダ、中国への追加関税賦課(一部実施延期)、不法移民排除、南部国境の非常事態宣言、「パリ協定」やWHOからの離脱表明、国際援助の見直し、国連人権理事会からの離脱、パナマ運河、グリーンランド、ガザ地区などの米国所有の主張などが次々に出されているのです。
「アングロ・サクソン的新自由主義」とは相反する政策の連続です。しかし、これが、保護主義への転換なのか、モンロー主義への回帰なのかといえば、直ちにそうとは断言できません。ディール(取引)という言葉が飛び交うように、トランプ大統領独特の「市場原理主義」的行動ともとれるからです。グローバル化とアメリカの対外政策との間にねじれが生じているのです。ヨーロッパでも、移民排斥の動きが強まっています。このねじれは、第二次世界大戦後に形成された世界システムが大きく転換していくシグナルのようにも思われます。
学長 伊藤 正直