【学長通信】暮らしと物価
『カナダで「あきたおとめ」「こしひかり」?』。新聞1面の見出しでした(『日本農業新聞』12月10日)。トロントとバンクーバーのスーパーで販売されている米パックの表記が日本語なのに、その米の生産地はカリフォルニア、あるいは中国やベトナムであったというのです。漢字、片仮名、平仮名表記であっても、産地偽装をしているわけではないので商標上は問題ないとのこと。高品質で安全とされている日本ブランド表記を前面に出しつつ、安価を売りにする戦略がとられているのです。
世界の米生産量は約5億トンで、インディカ米(長粒種)が8割、ジャポニカ米(中粒・短粒種)が2割です。小麦と異なり、米の世界市場はThin Marketといわれ、輸出入に回る米は少なく、豊凶によって価格はかなり変動します。ジャポニカ米は、すし米として使われたりもしますが、海外では、カリフォルニア米(中粒・短粒種)の輸出量が300万トン、日本米(中粒・短粒種)の輸出量は4万トンと、カリフォルニア米が、量と価格で圧倒的に優位にたっています。先の記事では、バンクーバーのスーパーでのカリフォルニア米6.8㎏が1,500円、日本産のあきたこまち5㎏が4,500円と著しい価格差となっている点が強調されていました。カリフォルニア米は、日本米の3分の1以下の値段です。日本産を模した外国産米との競合が大きな課題であるというのが記事の主旨でした。
食料品や生活必需品の日々の価格の動きは、テレビやネットで頻繁に報道・掲載されています。私たちは、日々の暮らしのため、毎日、さまざまな商品を購入します。スーパーで肉や野菜を購入し、コンビニでおにぎりやドリンクを購入し、専門店で衣料品や電気製品を購入し、銀行や郵便局で電気・ガス・水道代の支払いをします。購入や支払いをする度に、誰もが、「先月と比べると高くなったなあ」とか「思ったより安かったなあ」という感想を抱くのではないでしょうか。
実際、最近は値上げを伝えるニュースが多くなりました。例えば、お米についてみると、農水省の食品価格動向調査によると、2024年10月には前年同月比で58.9%も価格が上がっています。また、生鮮食料品では、レタスが21%、キャベツが15%、タマネギが12%と軒並み値上がりしています。生鮮食料品値上がりの要因は、今年の記録的な猛暑という天候不順にあるとのことですが、それだけではないようです。最近の値上がり報道は生鮮食料品に限りません。交通運賃、郵便物、家電製品、海外旅行代金なども、しばしば値上げが報道されるようになりました。
モノやサービスの値段が上がったり下がったりすることを、私たちは身近に感じていますが、客観的なデータとしては、どのような指標があるのでしょうか。物価を測る指標はいろいろありますが、代表的なものは消費者物価指数(CPI)でしょう。消費者物価指数は、日常生活で私たち消費者が購入する商品の価格の動きを総合して見ようとするものです。日常購入する食料品、衣料品、電気製品、化粧品などのほかに、家賃、通信料、授業料、理髪料などの動きも含まれます。この消費者物価指数は、総務省統計局が毎月測定し発表しています。消費者物価指数の歴史は古く、第二次世界大戦直後の1946年に初めて作成され、当時の激しいインフレーションを計測するのに使われました。その後も、消費者物価指数は経済政策を策定する上で極めて重要な指標となり、「経済の体温計」とも呼ばれています。では、その測定はどのように行われているのでしょう。総務省統計局『消費者物価指数のしくみと見方-2020年基準消費者物価指数』(令和3年8月)の説明は次の通りです。
物価の動きは、比較の基準となる時点を決めて、その時の物価に対してどの程度上昇(又は下落)したかを比率のかたちで見るのが一般的です。日本では西暦の末尾が0と5の年で5年ごとに基準改訂することになっており、現在の基準点は2020年です。ちなみに、米国の場合は、1982年〜1984年の平均が現在のCPI基準となっています。この2020年を基準年とし、その測定商品と数量を決め、その時の費用を100としてその後の変化を指数で表したものが消費者物価指数です。測定商品とその数量を基準時に固定して、物価の変化だけを測れるようにしたものです。
測定商品(財とサービス)は、「家計調査」の結果を基に選び、これを指定品目と呼びます。「家計調査」では、全国の市町村の中から168市町村を調査市町村として選定し、調査市町村から調査地区を、調査地区から調査世帯を、それぞれ無作為に選定します。このように選定された約9,000世帯に毎月家計簿の記入を依頼し、毎日の収入と支出について詳細な調査を行います。2020年の測定品目は581品目、これに「持家の帰属家賃」1品目を加えた582品目を指数品目として採用しています。この品目の中には、食パンや生鮮野菜などを始めとした食料品、衣料品、エアコン・テレビ・パソコンのような家電製品などの財のほか、家賃、診療代、外食、授業料、クリーニング代、映画観覧料、携帯電話通信料などのサービスも含まれています。
また、測定商品の価格は、「小売物価統計調査(動向編)」に基づいて、実際に小売店などが消費者に販売又は提供している価格を採用しています。この「小売物価統計調査(動向編)」は、全国の市町村から167市町村を選び、さらに商業集積地区の分布状況を参考に調査地区を設定し、その中で品目ごとに販売量の多い代表的な小売店を調査店舗としています。調査店舗の数は全国で約2万7千店、調査する価格の数は毎月21万にのぼります。また、小売店のほかに民営借家の 家賃を調べるために、全国で約7千事業所を選び、約2万8千世帯の家賃を調べています。
価格変動の要因は複雑です。企業間取引価格の変化(CGPI)、生産者価格の変化(PPI)といった要因もあれば、需給の増減、コストの増減といった要因もあります。さらに、貨幣供給量の変化や為替相場の変化といった貨幣的要因もあり、気候変動や政治的混乱といった外部要因もあります。物価の変動は、私たちの生活に直結するものであるだけに、広い範囲に常に関心を持ち続けていたいものです。
学長 伊藤 正直