お知らせ - 2020年

【学長通信】「人間開発」とは?


先月とりあげた「持続的な開発目標」Sustainable Development Goals の「開発」をどのように考えたらいいのでしょうか。普通、開発というとまず頭に浮かぶのは経済開発だと思います。しかし、2001年に採択されたMDGs(Millennium Development Goals)でも、2015年にそれを引き継いだSDGsでも、取り上げられている項目の多くは、経済開発を直接目標としたものではありませんでした。


英語の developmentは、開発、発達、発展、啓発などを意味しています。仏語のdéveloppement、独語のentwicklung、スペイン語のdesarrollo、イタリア語のsviluppoもほぼ同様です。developmentという言葉は、西欧的概念なのかもしれません。実は、この用語がよく使われるようになったのは、国連開発計画が、人間開発報告書を出すようになってからのことです。1990年がそのスタートでしたから、ほぼ30年が経過しました。国連が毎年出版してきた報告書のタイトルは、HUMAN DEVELOPMENT REPORTです。では、人間開発とは何を意味するのでしょうか。


国連開発計画は、人間開発について次のように述べています。「開発は、人々が大切だと思う生活が送れるように各自の選択肢を広げることである。…こうした選択肢を拡大する上において、何にもまして重要なのは、人間の能力を育てること、つまり人が人生において行い得る、あるいはなり得る事柄を全体として築き上げることである。人間開発のためのもっとも基本的能力とは、健康で長生きをし、十分な知識をもち、人間らしい生活水準を享受するために必要な資源を利用でき、地域社会の活動に参加できる能力である。…人間開発は人権と共通のビジョンを分かち合っている。人間開発と人権の目的は、人間の自由である。そして、能力を追求し人権を確立するうえで、この自由は不可欠である。自分で選択をし、自らの人生に影響を及ぼす意思決定に参加するためには、人は自由でなければならない。」(UNDP国連開発計画『HUMAN DEVELOPMENT REPORT 2001 新技術と人間開発』)


つまり、自分の人生の現在と将来について自己決定できること、そしてそのための基礎的条件を整備し、基礎的能力を「開発」していくことが、人間開発だというのです。これに比べると、経済開発の方は、その意味するところは、はるかに明瞭でしょう。例えば、開発途上国や移行経済を対象とする経済開発の場合は、工業化を実現すること、雇用を拡大すること、所得の不平等を改善すること、医療や社会福祉の増進を図ること、国際収支を改善すること、総じて適正な経済成長を継続することが課題となってきましたし、先進国の場合は、開発と環境の整合、社会資本の整備、労働環境や労働市場の整備、財政の均衡や金融の円滑化などが課題とされてきました。


問題は、この経済開発と人間開発の関係をどのように考えるかです。先進国の場合は、経済開発のテンポを一定スローダウンした方が、人間開発にとってプラスとなるかもしれません。途上国の場合は、相当程度の経済開発なくしては、人間開発の基礎的条件がなりたたないでしょう。しかし、近年の経済グローバル化の急速な進展は、この関係のあり方をきわめて複雑にしています。多国籍ビジネスによる途上国に対する経済開発が、同じ地域の人間開発の条件を悪化させたり、反対に、経済開発の停滞が人間開発の停滞を招くこともあったりするからです。


経済開発と人間開発の関連が、鋭くあらわれてくるのは開発途上国です。2001年のMDGsが開発途上国を主たる対象とし、貧困・飢餓、初等教育、ジェンダー、乳幼児・妊産婦、疾病、環境、連帯を目標に掲げたのは、そのためです。具体的には、人権と人間開発の相補性を示す政治体制、先進国との関連を典型的に示す累積債務とその救済問題、途上国同士の関係を象徴する国際水紛争、そして、途上国の人間開発をもっとも困難とする難民問題や人身売買。開発途上国は、共通してそうした問題を抱えていました。経済開発と人間開発の同時達成は、これらの問題のなかで、困難と矛盾に直面していたのです。


「人々が大切だと思う生活が送れるように各自の選択肢を広げる」、そのために何よりも必要なことは「人間の能力を育てること」、そして、「自分で選択をし、自らの人生に影響を及ぼす意思決定に参加するためには、人は自由でなければならない」。MDGsもSDGsも、このことこそが、人間開発の基本線だと宣言しています。私たちもこの基本線を確認しつつ、SDGsに取り組んでいきたいと考えます。


学長  伊藤 正直