お知らせ - 2019年

【学長通信】研究成果について


研究の話をもう少し。知的好奇心と探求心が研究の基本的動力であるにせよ、研究の結果として産み出された成果は、社会に還元されなくてはなりません。なぜならば、その成果は、次の研究の前提・土台となるからであり、人々の共有財産となるからです。このことは、コンピュータの発明や新薬の開発などを思い浮かべれば、直ちに了解できることでしょう。とはいえ、そのあり方は、基礎研究と応用研究ではずいぶん違いますし、自然科学、社会科学、人文科学の間でも、その意味合いには大きな差異があります。


研究成果は、論文にまとめ、学術雑誌などに発表するという形式が一般的です。学術雑誌がどの程度の権威や影響力があるかを測るimpact factorという指標があり、自然科学のかなりの領域では、この数値が高い雑誌に掲載されることを目標として、厳しい競争が日々繰り広げられています。論文が掲載されるまでには、査読(investigative reading, Peer review)という制度があり、論証の客観性、実験の正確性、データの信頼性が求められ、論文の書き直しを求められることもしばしばです。論文が掲載された後も、その論文がどの程度の評価を受けているかが、citation index(他の論文で、当該論文がどれだけ引用されているか)という指標で測られます。


ところが、こうした権威ある国際的一流誌、例えば『ネイチャー』や『サイエンス』といった科学誌からの論文撤回数は近年増加しており、とくに捏造を理由とする論文撤回数の割合が、全体の撤回数の40%を超えているそうです(日本学術振興会『科学の健全な発展のために』2015年)。なぜ、こんなことが起こるのでしょうか。


自然科学の領域で国際的に有名な捏造事件は、2002年に発覚したベル研究所の「シェーン事件」です。高温超伝導の国際的な研究競争の過程で起きたデータ捏造・使い回しで、16本の論文に不正があったと判定されました。国内的な事件としては、2012年の「ディオバン事件」がよく知られており、複数の大学病院が、高血圧治療薬ディオバンに関する臨床研究を、製薬会社に有利なようにデータ操作、統計操作を行ったというものでした。2013年に発覚した東京大学分子細胞生物学研究所における論文不正も33本にのぼりました。これらの不正行為は、ラボの責任者の研究至上主義、過剰な業績競争、名誉欲などがその背景にないとはいえませんが、一番大きいのはやはり、市場経済の下での経済的利益と自然科学の応用研究との結びつきが著しく強くなったことにあると考えられます。


もちろん、このことは一概に否定されるべきではありません。社会発展は、経済活動を抜きにしてはあり得ず、経済発展は、知識の体系の進歩によってもたらされるものだからです。それが公正、公平、誠実に行われているか、そのためのシステムが構築され、認識が共有されているかが、問題のポイントでしょう。研究者の側からは、研究倫理の確立ということになりますが、研究成果の社会的活用という側からは、成果物をどのように保護、活用するかということになるでしょう。


知的財産権、知的所有権という考え方がここから出てきます。2002年に制定された知的財産基本法は、知的財産を、「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作権その他の人間の創造的活動により生み出されるもの、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう」と定義しています。そして、ここから生じる知的財産権を、「特許権、実用新案権、育成者権、意匠権、著作権、商標権、その他の知的財産に関して法令により定められた権利又は法律上保護される利益に係る権利」としています。


知的財産という言葉からわかるように、これは「財産的価値を有する情報」、つまりこれらの情報を経済的価値から捉え直したものです。じつは、特許権や商標権は、この法律よりずっと古くから認められてきました。歴史的には、1474年に、ベニス共和国で、ガラス工芸品の技術を守るためということでベネチア特許法が制定されたのが、特許制度の起点とされています。知的財産のうち、特許、実用新案、意匠、商標の4つを「産業財産」といい、日本では特許庁が所管しています。


米国旧特許庁の玄関には、「特許制度は、天才の火に利益という油を注いだ」(The patent system added the fuel of interest to the fire of genius)というリンカーン大統領の言葉が刻まれているそうです(特許庁ウェブページ)。利益をあげるということを、極めてシンプルに肯定的にとらえているいかにもアメリカらしい表現です。


自然科学の研究領域のかなりの部分が、現在では、この産業財産権と無関係ではなくなっています。このことが、研究の過当競争を生み、ひいては研究不正につながる事例を生み出しているともいえます。研究活動に対する謙虚な姿勢、誠実で公正であろうとする精神、不正に対する羞恥と怒り。研究者コミュニティにおいてこれをどう育んでいくかが改めて問われています。


学長  伊藤 正直