お知らせ - 2019年

【学長通信】研究する喜びと悩み


三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社、2018年)を読みました。三浦しをんには、お仕事小説というジャンルの作品がいくつかあります。『神去なあなあ日常』(林業)、『仏果を得ず』(文楽)、『舟を編む』(国語辞書編纂)などがそうですが、今回の『愛なき世界』は、理系の研究生活を取り上げています。


主人公は、T大大学院理学系研究科生物科学専攻「松田研究室」所属の博士課程院生本村紗英と赤門前の洋食屋「円服亭」で働く藤丸陽太。本の帯に記されたキャッチは次の通りです。「洋食屋の見習い藤丸陽太は、植物学研究者をめざす本村紗英に恋をした。しかし本村は、三度の飯よりシロイヌナズナ(葉っぱ)の研究が好き。見た目が殺し屋のような教授、イモに惚れ込む老教授、サボテンを巨大化させる後輩男子など、愛おしい変わり者たちに支えられ、地道な研究に情熱を燃やす日々‥‥人生のすべてを植物に捧げる本村に、藤丸は恋の光合成を起こせるのか!?」


懐徳門と赤門の間にある古びたレンガ造りの建物。この建物は、東大理学部2号館で、実際に理学系研究科生物科学専攻が入っており、ここに住まう面々をモデルとしたとおぼしい。そして、小説は、理系の研究生活を、丁寧かつかなりリアルに描いていきます。実は、理系の研究といっても、研究領域によって、その研究スタイルは、大きく異なっています。理学系に限っても、一方で、一人で研究を進めることが基本の純粋数学という分野があり、その対極には、巨大な実験装置と大規模研究グループによる高エネルギー物理学という分野があります。本書で対象となっている生物科学は、実験系ですが、両者の中間あたりに位置するといっていいように思います。同じ実験系といっても、高エネルギー物理学と比べると、実験の進め方に始まり、実験グループの規模やグループ組織のされ方、組織間の連携のあり方、使用可能なリソースなどは全く違います。工学系や農学系、医学系まで目を広げれば、その違いはもっと大きくなるでしょう。


博士論文準備中の本村は、時に研究室のメンバーに手伝ってもらいながら、実験素材を培養し、顕微鏡で観察し、写真や記録に取り、仮説の検証に努めています。その過程で、実験ミスを犯したりもするのですが、めげずに、オープンセミナーでの博士論文の予備発表にこぎつけます。「博士課程の院生がこのような実験ミスをすることはあり得ない」、「研究者や大学院生を、研究以外の喜びを捨てた浮世離れした求道者というステロタイプで描くことはやめて欲しい」といった書評が、若い研究者や院生から出されてもいますが、研究する喜びは、本書から十分に伝わってきます。


研究者は、どうして研究という道を選ぶのでしょうか。研究する喜びとはどのようなものでしょうか。目標を定め、その目標に向かって努力する、そして目標を実現する。こうした達成感を得るために研究する、ということもあるでしょう。この場合は、スポーツのアスリートや企業の製品開発などと同じです。では、研究の独自性はどこにあるのか。自分を振り返って、どこに研究の喜び、面白さを感じていたのかと考えてみると、未開の領域、未知の領域へと分け入っていくことが一番だったような気がします。これまで知られていなかったことやものを発見する、新しい視点や方法によってこれまでとは全く違った世界が見えてくる、自分がたてた仮説が正しかったことが証明される。研究の独自性とは、こんなところにあると思います。研究を進めていくには、創造力、分析力、構成力、総合力がそれぞれ要請され、自分の得意なところ、苦手なところにいつも悩むことになります。


私の専門領域は、社会科学のなかの経済学で、とくに金融および国際金融の歴史と現状についてです。ただし、経済学は、理論科学と政策科学の両方にまたがっていますから、社会の発展段階や社会構造の違いによって、正解がひとつになるとは限りません。ケインズが、チャーチルの諮問に対して、まったく異なった二つの答えを同時に出したというのは有名な話です。また、理系とは違って、シングルオーサー(単一著者)で論文を発表することがほとんどで、ビッグデータの処理をするとか、国際共同研究を遂行するといった場合を除けば、巨額の資金を要することは、あまりありません。研究に対する権利と義務、責任と倫理は、個人で負うのが一般的です。それでも、研究を持続するには、ポストや研究費といった一定の客観的な条件が必要です。先の、若い研究者や院生による本書への批判的書評は、こうした問題が全く触れられていないといった点にもありました。とはいえ、本書にそれを求めるのは、ちょっと場違いのような気もします。


知的好奇心と探求心、これが研究を進めていく基本的動力ですが、東日本大震災とその下での福島第一原発の事故をみても明らかなように、科学が社会に与える影響は、今日、ますます大きくなっています。「青春小説」でもある本書を読みながら、社会との関わりを不断に意識し、チェックしつつ、研究を進めていく必要があるとあらためて考えました。


学長  伊藤 正直