お知らせ - 2019年

【学長通信】翻訳という営み


日本は、翻訳王国、翻訳大国といわれてきました。近世以前は、主として中国語文献が、漢文読み下しという独特の方法によって多く読まれましたし、近代以降は、蘭語、独語、仏語、英語のさまざまの文献が、脱亜入欧の掛け声とともに、次々に翻訳されました。杉田玄白・前野良沢『解体新書』、明治初期のスマイルズ『西国立志編』、ミル『自由之理』、あるいは、明治中期の二葉亭四迷『あひびき』などのことは、中学や高校の教科書で読んだことがあるでしょう。明治期に翻訳が多かったのは、医学、工業技術、農業技術、法律などで、近代国家形成のための必死の試みであったということもできます。ふだん私たちが日常的に使っている「社会」という言葉も、明治時代に翻訳語として新しくつくられた言葉でした。


第二次大戦後も、翻訳の時代は続きました。戦後改革期から高度成長期にかけて、書籍の出版点数が急激に増大するのと並行して、翻訳書の点数も増え続け、1960年に約1千点ほどであった翻訳書は、1987年には約3千点になりました。その後21世紀に入ってから最近までは、毎年5千点前後の翻訳書が出続けているとのこと。年間の新刊書籍点数はおよそ7万点ですから、新刊書の約7%が翻訳書ということになります。


ユネスコのIndex Translationum をネットで検索すると、世界の翻訳市場における累積翻訳件数(1979年から2018年まで、実際には2010年辺りまで)の主要言語別がわかります。これによれば、何語に翻訳されたかについては、1位がドイツ語で約30万件、続いて、フランス語約24万件、スペイン語約23万件、英語約16万件、日本語は5位で約13万件です。逆に、元言語からみると、英語から他言語への翻訳が約127万件と圧倒的で、続いてフランス語からが約23万件、ドイツ語からが約21万件、ロシア語からが約10万件と続き、日本語からは8位で約3万件です。科学技術翻訳では一時日本語からの翻訳が1位になった時期もあったようですが、全体としてみると、流入超過の状況は明治からずっと続いているということになります。ちなみに、世界中に翻訳された著者のベストスリーは、1位アガサ・クリスティ、2位ジュール・ヴェルヌ、3位ウィリアム・シェークスピアだそうです。


翻訳とは、端的には、ある言語を他言語に移し替えることです。文法や言語体系が一致しているわけではないので、移し替えるといっても、そう簡単ではないのですが、それでも、自然科学や社会科学の場合は、かなりの概念語が一致しているので、正確な翻訳が良い翻訳ということになります。しかし、人文系の領域の場合、とくに小説や詩の翻訳となるとそうはいきません。


小説家でありながら、数多くの翻訳を手掛けてきた村上春樹は、よい翻訳の絶対条件は語学力だといっています(村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話』文春新書129)。といっても、それは単語や熟語の多くの意味をどれだけ知っているかとか、独自の言い回しや俗語、クリーシェ(決まり文句)をどれだけよく理解しているかということではありません。具体的には、つぎのようなことです。村上春樹が新たに訳したサリンジャーの『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の冒頭部分、If you really want to hear about it の訳文として、「もし君が僕の話を本当に聞きたいのであれば」、「こうして話を始めると」、「だからさ」、「いいかい」のどれが最も適切であるかをめぐって、村上の小説の多くを英訳しているハーバード大学ジェイ・ルービンと村上が議論しています。ルービンは、この小説の冒頭部分で重要なのは主人公の怒りなのであるから、言外のその意味をきちんと理解できるように訳すべきだとして、最初の表現は誤訳、2番目も不十分と主張し、それに対し、村上は、話が始まるという様式性がこの文章の中で大事な役割を果たしているのだから、3番目や4番目の表現ではそれが消えてしまうと反論しています(村上春樹・柴田元幸『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』文春新書330)。これが語学力ということです。


村上は、また、翻訳で大事なのは、元の文章の、ビートやグルーヴをどれだけ読み取れるかだ、ともいっています。小説のエッセンスが、文体、人物造形、結構にあるとすれば、そして、著者が、独自の文体をもち、独自のビートやグルーヴをもっているとすれば、それを別の言語に翻訳するのは、とてつもなく大変なことでしょう。私たちは、翻訳家のこうした努力の上に、それをほとんど気にすることなく、翻訳された小説や詩を楽しんでいます。


では、これはどうでしょうか。翻訳でしょうか。それとも元詩にインスピレーションを得た創作でしょうか。いずれも元の気分や精神をくっきりと写し取っており、それぞれ独自のビートやグルーヴがあります。翻訳は、本当に難しい。


照鏡見白髪 張九齢

宿昔青雲志  宿昔ノ青雲ノ志

蹉跎白髪年  蹉跎タリ 白髪ノ年

誰知明鏡裏  誰カ知ラン 明鏡ノ裏

形影自相憐  形影自ラ相憐レムコトヲ


シユツセシヨウト思ウテヰタニ

ドウカウスル間ニトシバカリヨル

ヒトリカガミニウチヨリミレバ

皺ノヨツタヲアハレムバカリ (井伏鱒二訳)


あまがける こころ は いづく しらかみ の

みだるる すがた われ と あひ みる (会津八一訳)


 

学長  伊藤 正直