お知らせ - 2019年

【学長通信】統計の役割とは?


統計不正とか統計偽装という言葉が、マスコミやネットで飛び交っています。厚生労働省による「毎月勤労統計」の不正調査が、国会で取り上げられ、大騒ぎとなったことがきっかけですが、この他のいくつかの政府統計にも同様の問題があるとされ、政府統計全体への信頼が揺らぐまでになっています。


「毎月勤労統計」は、雇用や給与、労働時間などに関する統計で、さまざまな政府統計のなかでも「基幹統計」のひとつであり、雇用保険や労災保険の給付額も、これを基準に決められています。この不正のせいで、算出された平均給与が実際よりも低めにでてしまい、結果として、延べ2000万人の失業手当が、本来もらえる金額よりも減額されてしまったというのです。あるいは、最近になって日雇い労働者を除外するなど算出方法の変更が行われ、そのため、2018年度から賃金の上振れが起きているというのです。


政府統計は行政統計ともいわれ、政策を企画・立案し、それを実施し、さらにその結果を評価するために不可欠なものです。雇用が増えたのか減ったのか、賃金が上がったのか下がったのかだけでなく、物価はどうなっているのか、生産は増えたのか減ったのか、消費は増えたのか減ったのか、投資はどうなっているのか、貿易はどうか、これらが正確につかめていなければ、正しい政策は出せないでしょう。それだけではありません。これらのデータは、企業や家計が的確な意思決定を行っていくための大前提でもあります。


正確なデータをきちんととるための学問として発達してきたのが統計学です。統計学は、17世紀のドイツをはじめヨーロッパ諸国で誕生し、明治維新期前後に日本に導入されました。その源泉は、ドイツでの国勢学としての統計、イギリスの人口統計など大量データを把握する統計、イタリア・フランスの確率的事象を捉える統計の3つにありましたが、日本は、このうちとくに「治国・経世のための重要性と有用性」という観点から統計学が導入されたとされています(宮川公男『統計学の日本史』)。


こうして1920(大正9)年には、現在も続いている第1回の国勢調査が始まりました。5年に一度の国勢調査では、日本に住んでいるすべての人と世帯を対象に、人口、世帯構成、就業状況などを調べます。調査に答えることは、法律で義務となっています。回答しても個人や世帯に利益があるわけではありませんが、このデータは国や地方自治体の施策の前提ともなっており、また、地方交付税の根拠ともなっています。


しかし、日本が戦時経済に突入していくなかで、統計の重要性についての認識は、政府や軍部の内部で共有されるどころか弱まり、第二次世界大戦の敗戦という結果を招いてしまいました。その後、戦後占領下の1947年3月に、GHQの指導も加わって「統計法」が制定・公布されて、現在につながっていきます。ただ、この経緯から、戦後日本の統計行政は分散型統計機構の下で行われることになり、統一的・統合的な統計機関は設置されませんでした。このため、行政統計の作成にあたっては、現在でも、府省間の連携・協力とともに、 政府横断的な調整機能の発揮により、必要な統計を整備し、利用しやすい形で提供することが重要とされています。


政府統計だけではありません。現在は、ビッグデータの時代、データサイエンスの時代といわれています。コンピュータとインターネットの発展、スマートフォンの普及は、日々、大量のデータを生み出す社会を作り出しています。「世界の最も重要な資源はもはや石油ではなくデータである」ともいわれています。こうした状況は、GAFAによるデータ独占、ステルス・マーケティング、フェイク・ニュース、個人情報の流出などの新しい問題を発生させています。


いずれにせよ大切なことは、データがもっている公共的な価値、社会的価値を減損させないことです。そのために何よりも必要なのは、データが正確であること、偽りのない正直なものであることです。社会を支える最大の基盤はそこにこそある、あるいは、そこにしかないからです。

 

学長  伊藤 正直