お知らせ - 2019年

【学長通信】世界はどこに向かっているのか


世界を見回してみると、あちこちで軋みが激しくなっているように思われます。トランプ政権は、アメリカ第一をますます声高に唱え、中国、ロシアだけでなく、欧州諸国や日本に対しても、高関税を課すという保護主義を強め、メキシコ国境のフェンス拡大も続いています。イギリスでは、EU離脱のブレクジットを宣言したにもかかわらず、それをどのように実施するかについては、与党保守党内部でも意見が一致していません。大陸ヨーロッパでは、移民排斥の動きが高まり、排外主義を掲げる極右政党が支持を伸ばしています。中東やアフリカでは、民族間、宗派間の対立が激化し、女性や子供に対する暴力が蔓延しています。


第二次大戦後、とくに1980年代から急速に進行したグローバル化の反転現象が広範に起こっているのです。グローバル化を、ヒト・モノ・カネ・情報の国境を越えた相互依存の深化ととらえるとすれば、これまで3回の大きな波が存在したということができます。第1の波は16~17世紀の大航海時代であり、第2の波は19世紀後半から20世紀前半の帝国主義時代です。そして、第3の波が、1980年代以降最近までです。このグローバル化と第1、第2の波とは、どこが異なっているのでしょう。違いをみると、次の3点を指摘することができます。


第1は、グローバル化が、先進国、ないし先進国企業、あるいはIMFなどに代表される国際機関の主導によって進められて来たことです。国民経済の枠組みを超えた資本市場・商品市場・労働市場の国際的再編と再配置は階層性を伴っており、今までのところ、先進諸国や多国籍企業の意向に反する形では進んでいないようにみえます。とくに、非先進国における経済状況の悪化や、その克服のための負担を誰が負うのかをめぐって、世界は鋭く対立しています。


第2は、グローバル化推進の基礎に、アングロ・サクソン的新自由主義ともいうべき思考様式が強力に存在することです。新自由主義という言葉は、今日、しばしば安易に使われますが、歴史をひもとけば、自由主義にもさまざまな考え方が存在してきました。近代社会は自由・平等・友愛を原理とするといわれますが、アングロ・サクソン的新自由主義はそのうち自由を最大の価値に置くものです。


第3に、経済のグローバル化の牽引力となったのが、貿易や労働移動といった実体経済の側の動きではなく、金融だったことです。世界中を駆け巡りたいというマネーの欲求こそが、グローバル化の起動力となっており、貿易や労働や情報の国境を越えた相互浸透も、この金融の動きと結びついて進んでいます。1980年代のグローバル化は金融グローバル化のことである、といっても過言ではありません。


1980年代以降のグローバル化については、それが望ましく、良いものであるということが繰り返し語られてきました。すなわち、開かれた競争的なグローバル市場の拡大は、貿易や対外投資を増大させ、技術移転を容易にし、雇用機会を拡大することを通して、経済成長と人間の前進を可能にする、グローバル市場拡大のプロセスで、モノやサービスの交流が拡大し、非効率な部分が縮小し、全体の経済厚生が上昇する、この結果、社会は全体として豊かになっていくというのです。


しかしながら、現実は、必ずしもこの想定通りには進みませんでした。なかでも大きな問題は、格差の拡大です。国連の統計によれば、最も豊かな国々に住む人々(最富裕5ヶ国)と最も貧しい国々に住む人々(下位5分の1ヶ国)の所得差は、1950年の35対1から、73年には44対1、92年には72対1、そして2016年には148対1となりました。この20年ちょっとの間だけでも国家間の経済格差、経済的不平等は倍に拡大したのです。


国内格差も、先進諸国、新興工業国、開発途上国、あらゆるところで広がりました。先進国グループとされるOECD諸国をとってみると、ドイツとイタリアを例外として、ほとんどすべての国で、賃金の不平等が拡大しました。ラテンアメリカ諸国では、1970年代には所得分配の不平等がいったんは縮小したものの、82年の中南米危機以降、短期間で不平等が再び拡大し、現在まで格差は高い水準に固定されたままです。市場経済への移行を進めた東欧・CIS諸国でも90年代半ばまでの10年足らずで格差は一挙に倍増しました。国連ミレニアム宣言は、「私達は、極貧の悲惨で人間性を奪うような状況から、私達の仲間である男女そして子供達を救済することに努力を惜しまない…」と述べています。


グローバル化の反転現象はいつまで続くのでしょうか。かつてのグローバル化の時代を考えると、それが数十年のオーダーで続くことも想定できます。しかし、長い目で見れば、グローバル化は不可逆的なものです。反転現象が続いている現在、憎悪と格差の連鎖を断ち切ること、言葉の本来の意味での友愛と平等を取り戻すことの必要性はますます高まっていると、いわなくてはならないでしょう。


学長  伊藤 正直