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【学長通信】ポジャギとフクター


博物館や美術館が好きで、集中講義や研修で海外にしばらく滞在するときは、時間を見つけては通っていました。東京にいるときでも、博物館、美術館はあちこちにあるので、面白そうな企画展があれば、なるべく観に行くようにしています。海外で、印象に残っている美術館のひとつが、お隣韓国ソウルの韓国刺繍博物館です。李朝時代の宮廷衣装、ポジャギなどを展示した小ぶりの博物館で、訪問したのは、もう20年近く前のことです。現在どうなっているかとネットで検索してみると、移転準備のため休業中(2019年6月10日現在)とのこと。


ソウルには、世界でも有数の規模を誇る国立中央博物館、世界的な建築家のマリオ・ボッタやジャン・ヌーベルが設計したサムスン美術館、歴史的遺産を多く展示しているソウル歴史博物館など、有名な博物館・美術館(これらの美術館、博物館にも行きました)が数多くあるのに、なぜ、こんな小ぶりの博物館が印象に残っているのかというと、ポジャギがあまりにも繊細で美しかったからです。その刺繍の文様と色彩の組み合わせは、ピエト・モンドリアンやパウル・クレーを髣髴(ほうふつ)とさせ、いつまで見ていても飽きませんでした。


上の写真からも分かると思いますが、ポジャギは、さまざまな色の余り切れを縫い合わせて制作されたパッチワークです。ハンカチ位の小さなものから畳1畳を超すような大きなものまであり、素材も、絹、麻、苧麻(ちょま)と多様です。李朝時代に宮廷で使用されたポジャギは官褓(クンポ)と呼ばれ、庶民に使われたものは民褓(ミンポ)と呼ばれていたそうです。上の写真の右がクンポ、左がミンポで、クンポは絹、ミンポは苧麻(ちょま)です。


このクンポの幾何学的構成と色彩の取り合わせは、私たちの眼からは、とても近代的なものにみえます。ミンポのモノトーンの色調と文様は、さらにモダンです。しかし、実は、このクンポの色の取り合わせは、陰陽五行説に基づく伝統的な色彩観に厳密に従っているとのことです。これに対し、庶民に使われたポジャギのミンポは、地域性を顕著に示し、例えば、江原道のポジャギは、樹木や花鳥など自然からえたモチーフを抽象化したものが多く、西海岸の江華島は幾何学文様の麻のポジャギで知られており、豊かだった全羅道は絹のものが多くみられるといいます(許東華博物館長)。


そしてこの文様と色彩の感覚は、海を渡って、沖縄にも受け継がれたようです。前田順子『きらめく紅絹の交響楽』(暮しの手帖社、1997年)は、明治、大正期の沖縄の琉球絣、大島紬、久米島紬、木綿などを使って作られた和風パッチワークの作品を集めた本ですが、この本のなかにあるフクター(沖縄で、古い布をつぎはぎして作った作業着をフクターという)は、ミンポと共振しているようにもみえます。


絵画や彫刻などから自分が受ける感興と、こうした古い時代の衣装や食器や家具などから受ける感興は、両者の間に少し相違があります。衣装や食器や家具は、自分の体により近い部分という意味で、身体感覚を喚起するためかもしれません。視る文化と触る文化の違いについて、これからも考えていきたいと思います。


 

学長  伊藤 正直