お知らせ - 2018年

【学長通信】これからの女子教育を考える・続


先月に続き、これからの女子教育について、もう少し考えてみたいと思います。7月と9月のシンポジウムの中心的話題とはならなかったのですが、このシンポジウムで、両回とも登場した言葉のひとつにSTEM教育がありました。STEMとは、science、technology、engineering、mathematicsの頭文字をとったもので、広い意味での科学教育、理系教育を指しています。STEM教育は、1990年代からアメリカで唱えられ、オバマ政権の時に重点課題とされ、世界に広まったといわれていますが、シンポジウムでは、女子高等教育におけるSTEMの重要性、日本におけるその立ち遅れといった文脈で言及されました。これからの女子教育にSTEMが必要だといわれるのは、どのような理由からなのでしょうか。


最近では、リケジョ、建築女子、環境女子、農業女子といった言葉が、あちこちでみられます。しかし、大学学部別に男女学生の割合をみると、薬学・看護学、家政学、教育学、人文科学では、女性の割合が59.0%~67.5%(平成28年度「学校基本調査」による)と過半に達しているのに、社会科学分野では34.7%、理学分野では27.0%、工学分野に至っては14.0%と著しい少数派となっています。わが国では、女子の4年制大学進学率は男子より8%ほど低いのですが(欧米では女子の進学率の方が高くなっており、成績もよいという調査があります)、それでもこの差は圧倒的です。また、STEM職に占める女性の割合も、アメリカで25%、イギリスで13%に対して、わが国では8%に過ぎません。


なぜ、こうした状況になっているのでしょうか。「女性は理論科学よりは経験科学の方に適している」とか、「女性は、論理的思考より感性的思考において秀でている」といった主張が時に聞かれますが、きちんと論証されたわけでなく俗説に過ぎないでしょう。実際に、現在では世界的に有名な数学者のかなりの数は女性ですし、物理・化学の分野にも多数の女性研究者がいます。また、建築や認知科学の分野でも女性は大活躍しています。


STEM職に女性の割合が低いことについて、適性や感性の問題ではないといった議論も当然ながら、なされています。例えば、アメリカでは、雇用側が男性であるか女性であるかに関わらず、「男性応募者の方が有能だと判断して優遇する傾向」がみられると、雇用側の偏見、すなわちジェンダー・ギャップがこうした状況を生み出してきた、という分析もあります。もっとも、日本よりジェンダー・ギャップが大きいとされる韓国ですら、今では、女性科学者の人材育成・キャリア支援を推進する公的機関が存在し、公的機関の雇用においてはクオータ制(割当制)が導入されています。大学工学部の女性比率は24.4%で、日本の倍近く(平成29年4月、内閣府男女共同参画局の調査による)ですから、ジェンダー・ギャップだけの問題とはいえないかもしれません。


STEM職に就くか否かという議論の前に、そもそもの問題として、STEM教育がいかなる意味で必要かが議論されなくてはならないでしょう。STEM教育については、近年、企業における生産性・効率性、教育投資の収益性といった観点から語られることが多くなっています。しかし、そうした議論はあまりにも短絡的だと思います。そうした発想ではなく、社会を認識する上での基礎的リテラシーとしてSTEM教育を位置づける、「女性の自立」という観点からSTEM教育を捉えなおしていく、このことが求められているのではないでしょうか。

 

学長  伊藤 正直